TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算



 正常な思考であれば自身の身体を考えてこんな行動はとらないだろう。だが今のタルタリヤにはその思考が欠落していた。いや、むしろ『生存するために相手を排除する』という考えに支配されていると言った方が正しいかもしれない。生き残るために相手を排除する攻撃で己の命を危険にさらしていることにさえ気づいていないのだから。
 固定された首を無視した動き。このままではタルタリヤの首の骨は動きに耐えることができず、折れてしまうだろう。しかし、それよりも先に鍾離が手を離した。相手を慮った故の行動ではなく、人体の構造的に離さざるを得なかったのだ。
 自由になった身体にはこれまで抑えられていた酸素が急激に巡り、新鮮な空気に大きく肩が持ち上がった。痺れを覚えていた指先も、これで少しはまともに動くようになるだろう。
 タルタリヤが呼吸の重要性を肌で感じている一方、手を離した鍾離は自身の腕に跨る男目掛けてもう片方の手に槍を携え、躊躇うことなく突き上げた。確実に命を奪うための一撃。その軌道を目視できていなかったはずのタルタリヤの身体は後方に仰け反り、そのまま鍾離の腕から宙返りをするように降り立った。
「いい……、いいよ……、本当に良いじゃないか。俺の望んだ殺し合いだ!」
「人の子が神に勝てると本気で信じているのか?」
「信じる信じないじゃない! 勝つんだ!!」
「愚かな。人が神に挑む代償を篤と知るが良い」
 タルタリヤの手には水の双刀が握られ、限界まで昂った精神をそのままに真っ直ぐ突進してくる。そのスピードは名のある戦士でも追い切るのは難しいだろう。しかし相手は岩の魔神モラクス。何千年もの永き歳月を戦い生き抜いてきた人ならざる者。タルタリヤのトップスピードすら、彼にはスローモーションのように見えていた。
 いくら動きを目で追うことができようとも、水の刃を槍で防ぐことは不可能。無形の刃を有形の武器で止めることができないということは先のウェンティとの一戦で実証済みである。高名な岩の魔神と言えど元素の力で切り付ければ無傷では済まないはずだ。
 勝機は失われてはいない。そう己を鼓舞して刃を振るうタルタリヤ。だが―――。
「なっ―――」
「俺が力を使わないと思っていたのか? 浅はかだな」
 繰り出した水の斬撃は鍾離に触れることなく飛散した。キラキラと光に反射する水滴は美しく幻想的だったが、それに赤が混じっているのは何故だろう?
 タルタリヤは己の手から零れた水の刃を確かめるように両手へと視線を落とす。そして、視界に入ったのは己の両手と、身体を貫く一本の槍だった。
「な、んで」
 確かに鍾離の手には槍があった。だが、それを振りかざす動きはなかったはずだ。
 そんな疑問を抱くタルタリヤはそもそも彼が力を使うモーションさえもなかったことを思い出す。
 自分の眼には微動だにせず格の違いを見せつけるために攻撃を敢えて受けようとする岩神が居た。それがそもそもの誤りだったのか? 肉眼では追い切れない程彼の動きは機敏だったのか?
 問いただすように鍾離へと視線を向けるタルタリヤ。しかし彼からは何も語られない。答えは分からないままとなる。
「人を愛し守ってきた神への冒涜はその命を持って償うことだ」
「! ぐはっ」
 タルタリヤを貫いてた槍がずるりと引き抜かれ、栓を無くした穴からは大量に血液が流れ出す。おそらく胃も貫かれたのだろう。逆流してきた血を吐き出した彼の顔からは見る見る血の気が引いてゆく。
 おおよそ生きているとは思えないほど蒼白になった顔色。白目を剥いて崩れるタルタリヤが最期に見たのは無慈悲な岩神の眼光だった。
 どさりと音を立てて地面に倒れたタルタリヤの前に立ちはだかる鍾離は、能面のように表情を失った顔のまま手にした槍を振り上げた。目の前の男の命を奪うために。
 神の座を降り人として生きることを選んだ時、無暗な殺生はしないと心に誓った。これは自身との契約であり、『契約の神』と呼ばれていた鍾離にとって永遠に違えることのない宣誓のようなものだった。
 故に、己に問いかける。これは無暗な殺生か? と。
「否。これは制裁だ。神を冒涜した愚か者を―――俺の大切な者を傷つける者を、俺は決して許さない」
 岩神として自国の民を護ってきた鍾離は、今度は己の唯一を護るために目の前の脅威を排除する。



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2023-07-26 公開



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