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呼吸を阻害する手はギリギリと喉に食い込み、このままでは首がへし折られてしまいそうだ。
タルタリヤは少しでも息ができるようにと自身を持ち上げる鍾離の腕を両手で掴み、抵抗を試みる。しかし、逞しいとはいえどタルタリヤよりも僅かばかり太い程度の鍾離の腕は、青年の渾身の抵抗にもびくともしない。爪を立て、皮膚に深く食い込む程強く握りしめているにもかかわらず鍾離は表情一つ変えず喉を更に締め上げてきた。
(や、ばい……、落ち、る……)
酸素が足りず、意識が遠退く。今目の前に望んでいた相手がいるのに、自分はこんなにもあっけなく負かされてしまうのか。
自分は所詮はただの人だということか。
そう己を自虐するタルタリヤ。だが、狭まる視野に緑色が僅かに映り、白目がちになっていた瞳に生気が戻った。
(俺は、強い……、強いんだっ)
最弱とはいえ七神の一人に勝った。ただの人であるはずの自分が。
挑む前に負けを認めることなどあってはならない。そうだ。壁は高い方が乗り越えた際の達成感は何物にも代えがたい快楽となるのだから。
喪失しかけていた戦意を取り戻したタルタリヤの手に、力が戻る。鍾離もそれに気づいたのだろう、喉を絞める力が更に強まり無駄な足掻きは止めろと言いたげだ。
(ごめんね、先生。俺、諦めは悪い方なんだ)
とはいえ続く酸欠状態。失神するのも時間の問題だ。
タルタリヤは失神するよりも早くこの腕から逃れないとと可能な限り腹に力を込めて己の下肢を振り上げた。喉を締め上げる鍾離の腕に振り上げた片足を絡ませ、もう片方の足は男のこめかみ目掛けて振りかざした。
渾身の一撃とばかりに繰り出した蹴り。
怒り心頭とはいえ流石にこれは避けるだろう。そうなれば少なからず体勢は崩れ、隙が生じるはず。
タルタリヤはこの一撃が反撃の切欠を作ると信じて疑わない。
しかし、格の違いとはこのことか。
鍾離は一切の避ける動作を取らなかった。タルタリヤの足は綺麗にその端正な横顔に入り、衝撃を与えた。いや、与えたはずだった。
(う、そだろっ……)
回避動作は無かった。だからと言って攻撃の手は一切緩めなかった。それなのに鍾離はタルタリヤの一撃をまともに喰らってもよろめくことはおろか顔を歪めることもなかった。いや、眉一つ動かなかった。
まるで衝撃など受けなかったかのように佇む男は「満足か?」と低い声を響かせた。気圧されるとはまさにこの事か。タルタリヤが知る温厚な『鍾離先生』とはかけ離れたその形相に、彼は漸く眠れる龍の逆鱗に触れたことを理解した。
今の状況で全力は出せるわけがない。だが、それでも今の自分の全力をぶつけた。本来なら、それなりにダメージを与えられるはずだった。
(まるで無かったことだ……)
確実に入ったはずのタルタリヤの蹴りも、彼の首を締め上げてくる男の前では些末な戯れに過ぎないということだ。
タルタリヤが覚えるのは敗北感。見えていたはずの背中が霧散した瞬間だった。
(くそ、くそっ―――!)
絶望に打ちひしがれるよりも先に動く身体。過去の経験が己を守るために『戦え!』と脳内で叫んでいるようだった。
タルタリヤは再び足を振り上げる。鍾離からは「何度やろうとも結果は同じだ」と抑揚のない言葉がかけられた。先の一撃以上の攻撃が期待できないことはタルタリヤ本人が一番知っている。意識は混濁し、現実の境界が揺らいでいるのだから。
生きるために戦わなければ。生きて家族の元に帰るために、立ちはだかる障害を全て排除しなければ。たとえどれほど己が傷つこうとも、どれほど他者を屠ることになろうとも。
どんなに卑怯な手を使うことになろうとも、生者が勝者であり、強者なのだ。
今タルタリヤの前に居るのは鍾離だろうか? それとも―――。
タルタリヤの蹴りは先程同様鍾離の横顔に決まる。そして先程同様鍾離はそれらに眉一つ動かさない。
タルタリヤは相手の反応を待たず次の攻撃へと転じるよう全身の力を使い己の首を鷲掴んでいた男の腕を跨ぐように身体を回転させた。鍾離の手を無視した動きに喉は更に圧迫され、首があらぬ方向に曲がりかける。