TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算

12



 驚きのあまり身体を起こそうとすれば、それを止めるように手が伸びてくる。伸ばされた手に言い知れぬ恐怖を覚えたタルタリヤの身体は竦むように震えたが、これは生前のトラウマによるものだろう。
 鍾離は苦笑交じりに「すまなかった」と詫びながら手を引いた。何故謝られるのかタルタリヤには理解できない。自分が謝ることは多々あれど、逆の理由は何一つないはずだ。
 いやそもそも何故鍾離が此処に居るのだろう? ここは死後の世界であるはずだ。
(ま、まさか、鍾離先生、風神を追って自害したのか!?)
 ありえない。そう思いながらも怒り狂った男を見た手前、ありえない事ではないとも思う。彼にとって少年は本当に何よりもかけがえのない相手だったのだから。
 本当になんてことをしてしまったのだろう。
 何千年もの月日を生きてきた神は、数多の友を失い心を痛めてきた。以前、時に己の友を手に掛けたこともあったと聞いたが、悔やむことは在れど後を追おうとは思わなかったはずだ。それは彼が存命であったことが示している。
 そんな彼が、たった一人のために今―――。
「ご、ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
「公子殿……?」
「俺、ただ先生と戦いたくて、ただ自分の力を試したくて、先生の大切な人を傷つけるつもりは本当になかったんだ」
「公子殿、分かったから少しおちつ―――」
「それなのに楽しくて、気がついたら俺は彼を、彼をっ」
 取り乱すタルタリヤはどう見ても錯乱に陥っている。鍾離が宥める声をかけてもそれは治まらず、ますますひどくなっているようだった。
 ごめんなさいと子どものように謝り、震える声で弁解を綴るタルタリヤ。怯えたように繰り返される謝罪の言葉は大きくなり、このままでは彼の精神が壊れてしまいかねない。
 一先ず彼を落ち着かせることが先決だと判断した鍾離は医者を呼ぶべくその場を立ち去ろう踵を返す。
 その時、タルタリヤの声とは違う穏やかな音色が空間を包み込んだ。それはまるで心を包まれているかのように心地よライアーの音色だった。
 錯乱し身体を揺すっていたタルタリアの動きは次第に小さくなり、乱れていた呼吸も落ち着きを取り戻す。
 やがて空間に響く音がライアーのそれだけになり、音色を奏でていたウェンティーは静かに最後の弦を指で弾くとふぅっと小さな息を吐いた。
「公子君、落ち着いた?」
「あ、ああ……、ああ……落ち着いた……」
 先程と同様屈託ない笑顔を見せるウェンティーはライアーから手を離すと鍾離の隣に立ち、タルタリヤの勘違いを正すことから始めようと言った。
「君は此処を死後の世界だと思っているようだけど、それが間違い。残念ながら君はまだ生きているよ。もちろん、ボクも鍾離先生も」
「死んでない、のか……? でも、俺は確かにあの時鍾離先生に―――」
「かなりの深手を負わされてはいたけど、何とか癒すことができたから安心して? ああでも傷跡は残っちゃうかもしれないけどね」
 そこは自業自得ってことで許してね。
 そう笑うウェンティの隣では少年を愛しむように見つめる鍾離が居て、視線に気づいた彼は笑みを苦笑に変えて「すまなかった」と再び詫びてきた。
「意識を失ったコレの姿に我を忘れてやりすぎてしまった」
「ちょっと! コレはないでしょ、コレは! ボクにはちゃんと『ウェンティ』って可愛い名前があるんだから!」
「呼び慣れていない名ではお前のことだと思えないから仕方ないだろう?」
「なら慣れるように努力してよ。ボクはちゃんと『鍾離先生』って呼んであげてるでしょ?」
 今此処で『岩王帝君』って呼んでもいいんだよ?
 そう言って睨みを利かせる少年の言葉に鍾離は肩を竦ませると「善処しよう、ウェンティ殿」とわざとらしく他人行儀になって見せた。
 勿論ウェンティはそれが不服だと言わんばかりに噛みついて、二人のじゃれ合いのような言い合いにタルタリヤはただただ目を瞬かせて傍観することになった。
「なんだか楽しそうだね、鍾離先生」
「! ああ。おかげで毎日退屈せずに過ごしている」
 わしゃわしゃとウェンティの頭を撫でる鍾離の笑みは何処までも優しさが宿り、少年を心から愛おしんでいるのだと一目で分かる。
 そうだ。その目を見たから自分はあんな無謀なことをしでかしたのだ。タルタリヤは敵わないとばかりに笑い声をあげ、走る痛みに悶絶した。



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2023-07-26 公開



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