「タルタリヤ様」
面倒な書類仕事に追われていたある昼下がり、部下の一人が声を掛けてきた。
デスクワークにウンザリしていたタルタリヤはこれ幸いとばかりに仕事を中断して用件を聞けば、予定にない来客があるとのことだった。
今の仕事は急を要するものではない為、来客対応をすると応えるタルタリヤ。
部下が下がってから訪問者が誰か尋ねることを忘れて居たことに気が付いたのだが、どうせ融資の相談か何かだろうと特に気にも留めなかった。
しかし、部下に連れられやってきたのは予想外の人物で、彼は気品漂う所作で案内をした部下に礼を告げ微笑んだ。
美丈夫に微笑まれれば、若い女など簡単に恋に落ちてしまうというものだ。
上司の客に見惚れて女の顔をする部下の姿にタルタリヤは咳払いをして正気を取り戻すよう促した。
我に返った部下に退室を命じ、更には人払いしておくよう指示を出す。
きっとこの訪問客は仕事以外の用件で自分を尋ねてきただろうから。
「やぁ、鍾離先生。今日はどういったご用件で? 往生堂に融資が必要なのかな?」
「公子殿は相変わらず冗談が上手い」
優雅な足取りで歩み寄って来る美丈夫――鍾離の姿にタルタリヤが感じるのは威圧感。
彼の表情は笑みを称えているのに、見据える眼光は一切笑ってはいなかった。
(うーん。ウェンティ君、説得に失敗したっぽいなぁ)
にこにこと人当たりの良い笑みを浮かべ応対するも、内心どうしたものかと打開策を考えるタルタリヤ。
きっと一言『もう先生の恋人にちょっかいは出さないよ』と『約束』すれば済む話なのだろうが、どうしてもその言葉を口にすることはできなかった。
その理由については、正直なところ自分でも薄々気付いていた。気付いていたが、できればはっきりさせずにおきたいと思っているのだ。だって不毛すぎるから。
一方的な欲のために彼を酷く傷つけた自分に悪態を吐きながらもきちんと向き合ってくれる優しい風神様。
彼への感情は最初こそ敬愛だったのだが、いつしか敬うというには俗に塗れた欲を抱くようになっていた。
おそらくウェンティは気付いていないだろうが、うなじに残る情事の痕に劣情を駆り立てられることも多々あった。
だがそんな欲を覚えながらも、タルタリヤはこれは『友愛』なんだと自身に言い聞かせてきた。ウェンティが誰を想っているかなど、聞くまでもないからだ。
先日璃月港で囁かれている自分達に関する噂話に、『間男』にすらなれないけどねと突っ込みたくなるぐらいウェンティの愛は一方向に―――鍾離に注がれている。
それを知りながら恋慕するなんて、愚かにもほどがある。だから認めないでいたわけだが、どうやらそれも今日で終わらせる必要がありそうだ。
笑みを絶やさず鍾離を迎えるタルタリヤは、自身の机の前で立ち止まる男に応接用のソファに座って話そうと促した。
鍾離は笑みを浮かべたまま踵を返したが、やはりその目は一切笑っていなかった。
(仕方ない。腹を括るか)
元々逃げてばかりは性分ではない。
きっとこれは白黒はっきりさせろと天からの啓示なのだろうと椅子から立ち上がるタルタリヤは鍾離と向かい合うようにソファに腰を下ろした。