「仕事中に申し訳ない、公子殿」
「そんな気にしないでよ。俺と先生の仲じゃないか」
表情に浮かぶのは穏やかな笑み。瞳を伏せ微笑む美丈夫の姿に見惚れぬ者はいないだろう。
タルタリヤは屈託ない笑みの奥で、きっと彼もこの微笑みが好きなんだろうなと胸を焦がした。
だが次の瞬間、真っ直ぐ自分を見据えてくる男の眼光に一瞬息が止まった。殺気といった物騒なものは感じないが、これは明らかな『威嚇』だ。
言葉を僅かに詰まらせながら、何故睨むのかと理由を知らぬふりをするタルタリヤ。
表情だけは笑顔の鍾離は口角を更に持ち上げ、満面の笑みを浮かべた。
「聡明な公子殿に改めて説明する必要は無いと思うが?」
「っ、……、はぁ……、やっぱりその件かぁ」
眼差し一つでこの威圧感。改めて、自分はなんて相手に喧嘩を売ろうとしていたのだろうと無謀さに笑えてくる。
タルタリヤは脱力するとソファに深く身を沈め、天井を仰ぎ見た。
明言はされていないし、していない。だが、お互い分かっている。心優しい風神への―――ウェンティへの想いをはっきりさせに来たのだと。
「……この話、どうしてもしなくちゃダメかな?」
「残念ながら」
「だ、よねぇ……。はぁ……結構上手く振舞えてたと思ったのになぁ……」
周囲はともかくウェンティ本人にはバレていないと思っていたが、まさかお見通しだったとは。
風神様を見くびり過ぎていたと改めて反省するタルタリヤだが、ウェンティは彼の想いに欠片も気付いていないことを鍾離から知らされた。
「あれは未だ公子殿が俺と戦いたいために自分にちょっかいをかけていると思っているからな」
「えぇ? 酷いなぁ。其処はちゃんと否定したのに」
「そうらしいな。『友人になりたい』とのことだったか?」
「そうそう。ただ単純に友達になりたいだけ。鍾離先生に睨まれるようなこともないから、だから今回は見逃してくれないかな?」
ダメもとで願いを口にしてみたものの、その言葉を信じてもらえるわけがない。
好意を持っていることを隠して『友人』として傍にいるなど無理があるとタルタリヤ自身思うから。
そして勿論鍾離もそれは同じ考えなのだろう。彼の表情からは笑みすら消えてしまったから。
「公子殿は俺がその申し出を受け入れると思っているのか?」
「思ってないよ。だってウェンティ君は先生の恋人なんだし」
自分を真っ直ぐ見据える男の眼差しを正面から受け止めると、タルタリヤは自分でも驚くほど素直に己の想いを認める言葉を口にした。
「でも、俺はまだウェンティ君を好きでいたい」
「ほう……。それは宣戦布告と受け取って良いか?」
部屋全体を覆い尽くすほどの殺気に怖気を覚える。できることならこの場から一目散に逃げだしたいが、それをすることはつまりこの想いを諦めることと同意だからできなかった。