TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算Ⅱ

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 その日はきっと一日仕事にならないだろうと思い、前もって休暇を申請しておいた。
 仕事は滞りなくこなしていたおかげで休みをとること自体は問題なかったのだが、その翌日から自分は果たして仕事をすることができるだろうかと疑問を抱くタルタリヤ。
 身支度を整えた青年は、久しく袖を通していなかった戦闘服に身を包んだ自分を鏡に映した。その姿は、『スネージナヤから来た北国銀行の支店長』ではなく『ファトゥス第十一位・公子』。
 戦うことでのみ命を感じることができる戦闘狂と呼ばれた当時の格好に、死装束はやはりこれになったかと自嘲が漏れた。今この瞬間自分がこの姿でこんな気持ちになっているなんて想定外にも程がある。と。
「勝ち目のない勝負でも『やってみなくちゃ分からない』なんて、今は流石に言えやしない」
 勝つまで戦うと決め、生き急いでいた当時。戦いの果てに人生の幕引きができるなんて最高じゃないか。と。
 だが、今はそんな風にはとてもじゃないが思えない。それは戦う理由のせいなのかもしれないが、何分初めての経験で正解が分からない。
 タルタリヤは愛用の冬極の白星を手に取ると、以前は感じることの無かった重みを感じて驚いた。
 最近鍛錬をサボっていたというわけではなかったが、戦う機会は格段に減ったため武具を用いた鍛錬は疎かになっていたかもしれない。
 こんな状態で鍾離を負かすことなどできるのだろうか?
 己への疑念が、既に気持ちで負けているこの状態に拍車をかけた。
 だが、勝てないと分かっていても自分はそこに立たなければならない。それが鍾離との契約だから。
 もしも戦いの場に赴かなかった場合、鍾離の不戦勝となる。つまりタルタリヤは勝負に負けたことになり、ウェンティへの想いをきっぱりと諦める必要があった。
 しかし、諦めると決めて簡単に諦められるものではない。聡明な鍾離もそれを分かっている。つまり『諦める』ということは、金輪際ウェンティと関わらない―――逢わないということになる。
 できることならこの面倒な想いを手放しただの友人として仲良くなりたいと思っている青年には、今後一切接触しないという状況は何としてでも避けたかった。
 だからこそ、勝ち目など一切無い戦いを挑みに行くのだ。負けると分かっていても、足掻かず享受することなどできるわけがないから。
「まぁでも、流石に命はとられないとは思うけどね」
 懐かしい戦闘服は死装束。だが尽きるのは己の命ではなく―――。
 タルタリヤは大きく息を吐くと表情を引き締め、戦いの舞台へと向かった。
 彼が指定したのは、璃月港から西に進んだ人家のない荒野。少し離れた小高い丘から地形を確認するのは、戦いに身を置いて来た頃の名残だった。
 見たところ人の気配はおろか、生き物の気配すら感じない。勿論、動物がいなくなるなど自然に起こるわけもなく、おそらく先に到着している魔神の覇気に慄き逃げ去った後なのだろう。
(まったく、どれだけ暴れる気なんだか)
 苦笑を漏らすタルタリヤは丘から飛び降り目的の場所へ駆けた。
 本当にこれが彼に――ウェンティに出会う前なら、これほど胸躍る状況は無かっただろうに。
 残念だと思う気持ちが半分。もう半分は、それほどまで恋人を想い愛している男への羨望だった。



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2024-03-15 公開



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