「一撃に振りかぶり過ぎだ。足元が留守だったぞ?」
次から意識した方がいい。
それは助言。まるで指南しているかのような振る舞いにタルタリヤのプライドは酷く傷ついた。
悔しさに言葉を詰まらせ、衝動にかられそうになる。
激情のまま腰を落とし大地を踏みしめる青年は、男の余裕を剥ぎ取ってやると奥歯を噛みしめた。
再び大地を蹴るタルタリヤ。先程とは違い互いの間合いに入ってる為無駄な助走は不要だ。
助言を無視するように拳を振りかざせば、鍾離はやれやれと言わんばかりに息を吐いた。
(鍾離先生の悪いところは、その『余裕』だ!)
確かに人の形とはいえ中身は魔神なのだから身体能力ははるかに勝っているだろう。
だが、その余裕にこそ隙が生じる。これは生死を賭けた戦いに従事し続けてきた青年だからこそ分かることだった。
タルタリヤの渾身の右ストレートの拳は風を切る音がする。
だがその拳を事も無げに伸ばしていた右手で止めて見せる鍾離は「威力は申し分ないが」と口角を持ち上げまた笑う。
年長者からの指南を装った物言いだが、扱いはもはや赤子同然だ。
しかし鍾離の目に映ったのは悔し気に歪む青年の顔ではなく、意味深な笑みが浮かんだ表情だった。
「そりゃどう、も!!」
整った顔面に一撃を喰らわせることができるなんて思っちゃいない。受け止められることは、想定通りだ。
タルタリヤは掴まれた拳を振り払うことはせず、伸ばした肘を折ると同時に片膝も折り重心を落とした。
先の足払いの礼は、足払いで返させてもらうということか。
棒立ちで自分を迎え撃った鍾離は、果たしてこの反撃を躱すだろうか?
(おそらく――、いや、確実に避けられる。この場合十中八九先生は後ろに飛ぶ!)
障害物に当たることなく空振りに終わった蹴り。
タルタリヤの予想通り、鍾離は掴んでいた彼の手を離し、後ろに飛び退いた。
僅かでも両足を大地から離すのは戦いに慣れていない証拠だ。しめた! と口角を持ち上げるタルタリヤは解放された手で大地を叩き、己の掌の形に土がくぼむ程の力を込めて腕一本で己の身体を押し上げた。
空中では誰しもが無防備になるものだ。足払いを避けるために後方に飛んだ鍾離を追いかけるのは、青年の長い脚だった。
(着地するより先に腹に一撃喰らわせてやる!)
今度こそ確実に入るだろう一撃。己の足の先には無防備な鍾離の姿があり、先制を確信した青年の表情は喜びに歪んだ。
しかし、人ならざる者を相手にしていることを忘れてならなかった。
タルタリヤの渾身の蹴りは、確かに鍾離の腹に見事なまでに入った。
だが、感じるはずの肉を潰し骨を砕く感触は無く、むしろ踵から激痛が全身を駆け巡った。
予想もしていなかった痛みに身体を支えていた腕からは力が抜け、肘を折って地面に倒れ込むタルタリヤ。
反射的に鍾離に一撃をお見舞いした足を抱えるように膝を折り悶絶していれば、「流石だな」とこれまでと何も変わらぬ声が耳に届いた。