TREMOLO [ANNEX]

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狂戦士の誤算Ⅱ

20



「ってぇぇ……、な、何その腹……、鍾離先生、服の下に鉄板でも仕込んでるの……?」
 痛みは通り過ぎたが、まだ若干足の痺れは残っている。
 タルタリヤは意識を違和感から切り離すように勢いよく上体を起こし、脛を擦りながら自分を見下ろし笑っている男を見上げ、睨んだ。
 武器の使用は無しって話だったと思うんだけど?
 そうルール違反を訴えるも、鍾離は肩を竦ませ己の上着の裾を掴むとそのまま躊躇うことなくまくり上げて見せた。
 其処から覗くのは、自分の身体でもお馴染みの『人』の肌。
 しかし自分と違うのは、その腹の形状だ。
「えぇ……何その腹筋……。俺より割れてるじゃないか……」
 強さを求めるタルタリヤは、鍛錬を欠かさない。戦いから遠ざかった今ですら、身体に染み付いた日課を日々こなしているぐらいだ。
 規則正しくルーティンをこなしてきた青年は自分の肉体にもそれなりの自信があった。
 だからこそ、この身一つで戦う肉弾戦に魔神相手に勝機を見出していたのだ。
 人では到底得られない圧倒的な元素力を有する魔神様にはそんな努力など不要だろう。と、鍾離を見くびっていたのだ。
 肉体的な力では負けていないはずだと掲げていた自信は目の前の男の体躯に脆くも崩れ去る。
 鍛錬など必要ないくせに何故そんな良い体躯をしているのかと恨み言を零すタルタリヤは、戻ってきた足の感覚に立ち上がると再び鍾離と対峙した。
「おかしなことを聞くんだな。いつも力が使えるわけではないから公子殿も鍛錬を積んでいるのだろう?」
「それは『人』の考えじゃない? 鍾離先生には必要ないでしょう?」
「自身がこの先どんな状況に陥るか。それを予測することは人の心を変える以上に困難な事だ。璃月には『安きに居りて危うきを思う。思えば則ち備えあり。備えあれば患い無し』という故事がある。俺はそれに倣っているだけだ」
「はは……、つまり『死角はない』ってことで良いかな?」
 自分がどんな状況に陥ろうとも生き抜くための手段を身に着けてきたタルタリヤ。それは彼がいくつもの死線を潜り抜けてきた証だった。
 そして彼は思い出す。目の前にいる男が気が遠くなるほど永い歳月生き抜いてきたことを。また、その永い生の大半を戦いに明け暮れていた武神であるということを。
「奢りは隙を生む。そして隙は相手に好機を与える。死角を無くすことはできないが、理解することで相手に見えなくすることはできるということだ」
「なるほどね。勉強になったよ」
「公子殿のような優れた武人に教授できたとは光栄だ」
 薄く笑みを浮かべる鍾離は一瞬琥珀を伏せる。だが再びその眼差しでタルタリヤを捉えた彼が発するのは、この戦いの継続を問うものだった。
 力の差は歴然。続けることに意味など無いだろう?
 そう言わんばかりの問いかけに、タルタリヤは寸刻考える素振りを見せた。
 青年の視線が捉えるのは目の前の武人ではなく、その背後で切り株に座り観戦しているウェンティの姿。
 まさか自分のために目の前の男二人が戦っているとは露とも思っていない少年は、視線に気付いたのか『集中しなよ』とあしらってくる。
 少年に応えるように手を振ったタルタリヤは片足を半歩下げ、再び重心を落として身構えた。
 これが鍾離の問いかけへの『答え』だ。



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2024-03-21 公開



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