「は、はは……、酷いな……、人だって、生涯を誓う相手は一人だけだっていうのに……」
「ほぅ。つまり公子殿はその相手に俺の番を選んだ、ということか?」
青年が口にしたのは一般論だ。自分がそうだと言った覚えは微塵もない。
しかし状況的に誤解されても仕方がないのかもしれない。今自分は彼の番への恋慕を断ち切りたくないと戦いに挑んでいるのだから。
(伝える気は無いって言ってるのに、人の話を聞けよっ)
初めて覚えた恋心。それをもう少し味わっていたいだけだと言った言葉など番を――ウェンティを愛し過ぎている鍾離の記憶には留まっていないのだろう。
タルタリヤは否定の声をあげようとしたのだが、これ以上聞く気は無いと言わんばかりに背中を踏みつけていた足に体重が乗せられた。
まるで岩石が乗っているかのような重みにメキメキと骨が軋む音がする。
このままでは背骨が折れてしまいかねないと、悠長に土を舐めている場合ではないと両手を踏ん張り圧し掛かる重みに抵抗した。
「止めておけ。次はこの程度では済まないぞ」
「ご忠告どー、もっ!!」
踏みつける圧は重みを増している。しかし致命傷を負わさないようにと加減されている事は足蹴にされているタルタリヤが一番理解していた。
骨を折らないよう力を調節している鍾離の圧が僅かに緩んだ隙を突いて身体を横に転がし鍾離のバランスを崩そうと試みる。
一か八かの賭けだったが、戦いの神はまだタルタリヤを見捨ててはいなかったようだ。
背骨にかかっていた圧が消え、状況を戻される前にタルタリヤは足を大きく旋回させ自分を踏みつけていた鍾離の足に絡ませた。
躊躇うことなく己の膝を折れば、鍾離の足もそれにつられ膝が折れる。そして体勢を立て直すことができなかった魔神は人体の構造に従い大地に膝をつき、崩れた。
一矢報いたと思ったタルタリヤ。しかし一瞬でも気を緩めれば簡単に形勢は元通りになることは明らかだ。
また地面に這いつくばるなどごめんだと追撃する青年は反動で起きた上体を捻り、鍾離に巻き付けていた足を解くと立ち上がった。
顔をあげたタルタリヤ。しかしその視界は直ぐに暗転した。
一体何が起こったのか。視界が再び光を取り戻した時、遠ざかるのは鍾離の足だった。
(あの体勢から、この蹴りかよっ)
自分を足蹴にしていた魔神は片膝をついているものの大地に片手を突き立て、自由が利く足で一撃を喰らわせてきたようだ。
過ぎる痛みに失っていた痛覚は徐々に戻って来て、顔面―――特に鼻の痛みが尋常じゃなかった。
これは折れているなと顔を歪ませるタルタリヤは、大きく一歩足を引いて転倒はを回避する。
流石に更なる追撃は来ないだろうと気が緩む。だが、人の理に人ならざる者を当て嵌めてはいけないと痛感した。
「! うっ―――そだろ!?」
考えるよりも先に動いた身体。自身の本能に感謝するのは、顔面すれすれを横切った鍾離の足のせいだ。
地面に跪いた状態からの蹴りの威力もさることながら、追撃の蹴りも風を切る音がした。
まともに喰らえば、また地面を舐めることになっていただろう。
肝を冷やすタルタリヤは鼻の痛みなんて気にしていられないと身構え、更なる追撃に備えた。