跪いていたはずの鍾離は既に立ち上がっていて、次の一手を繰り出す動きに既に移っていた。
繰り出されるは、突き。それは真っ直ぐ青年の胸部に迫って来る。
普段のタルタリヤならこの一撃を避けることをせずカウンターを狙うところだ。
しかし、迫りくるのは『人』の手だと視覚は捉えているが、言葉では言い表せぬ『何か』を本能が感じ取る。
咄嗟に身を引き回避行動をとるタルタリヤ。だが、遅かった。
鍾離の掌が青年の胸に触れたとほぼ同時に彼を襲うのは内側から何かが破裂したような衝撃だった。
「ぐっ、はっ……」
自分の身に何が起こっているのか、理解が追い付かない。ただ口の中に広がる鉄の匂いに自分が吐血していることを知った。
掌底を喰らった胸元に震える指先を這わせ、服を鷲掴む青年はそのまま膝から崩れるように大地に倒れ込んだ。
(な、なんだ……、から、からだが、動かないっ……)
大丈夫だ。まだ命は刻まれている。
それは指先が感じ取っているから確かな事だ。しかし、その指先の感覚が無くなっていっていると感じるのは気のせいか……?
何故か呼吸まで浅くなっている気がする。
タルタリヤは意識が遠退いているのに自分の状況を分析できることを恐ろしく思った。
これはまさか、命を落とす寸前なのだろうか……?
戦って死ぬのならば本望だ。
以前の自分は確かにそう思っていたのだが、今はただただ恐ろしかった。
この恐怖は、自分が今日ここで意識を途切れさせると想像していなかったからだろうか?
「馬鹿!! 何考えてるの!?」
薄れゆく意識の中で鮮明に聞こえる音。それは心優しい風神様の声で、僅かだが闇に落ちかけていたタルタリヤの意識が浮上した。
そして次の瞬間青年を襲うのは衝撃と、身体中を巡る穏やかな元素の流れだった。
感覚が無くなりつつあった指先に血の気が戻ったのは、暫く経ったころ。
目を空けていたはずなのに、いつの間に瞼は落ちていたのだろう。ゆっくりと重いそれを持ち上げれば、心配そうに自分を覗き込んでいるウェンティの姿が蒼に飛び込んできた。
「やぁ……、ウェンティくん……」
「良かった! 気が付いた!!」
力なく笑い名を呼べば安堵の表情を浮かべた少年は視界から消えてしまった。
探すように首を回せば、ウェンティは地面に座り込んで大きなため息を吐いていた。
そしてその背後には申し訳なさそうな表情で此方を見ている鍾離の姿があって……。
「さすがだねぇ、しょーりせんせ。……いっかいもあてられなかった」
自分の意思で動かせるようになった手を握りしめ笑うタルタリヤは、一撃ぐらい喰らわせられると思っていた自分の思い上がりが恥ずかしいと自嘲を漏らした。