「すまない、公子殿。つい加減するのを忘れてしまっていた……」
「ははは……、せんせー、それ、ききたくなかったかなぁ……」
本当に申し訳ないと頭を下げてくる鍾離の言葉はタルタリヤのプライドを完全にへし折ってくれた。
手加減をされているだろう事は分かっていた。分かっていたがほんの少しだけ、彼の全力と戦っているのでは? と思っていた。
でもそれは勘違いだと改めて突き付けられてしまえば、どう転んでも敗北を認めるより他にない。
悔しいが、完敗だ。最初に約束した通りタルタリヤはこの淡い恋心を手放す覚悟を決め、最後にもう一度だけとウェンティへと視線を向けた。
もう会うことは許されないから、その姿をよく目に焼き付けておかないと。
覚える胸の痛みは、どれほど優れた効力がある万能薬とて癒すことは叶わない。
今はもう顔も朧げだが、かつて執行官として肩を並べた女性を思い出す。
彼女は愛した者を失ったと聞いている。当時はたかが恋人が一人死んだぐらいでと彼女の動力を軽く考えていたが、なるほど。漸く理解できた。
これは確かに苦しいな……と顔を歪ませるタルタリヤ。
しかし、そんな彼の耳に届いたのは予想しなかった声で……。
「この勝負は公子君の勝ちでいいよね? 鍾離先生」
耳に馴染む朗らかな声。でもその音には確かな怒気が含まれていて、いつも笑っているその表情も怒りを露わにしていた。
何故? と眉を顰めるタルタリヤはウェンティの視線の先にいる鍾離へと目をやった。
彼は難しい顔をして黙り込んでいて、恋人の声は聞こえているが、その問いかけへ答えることは拒否しているかのようだった。
「鍾離先生!」
「……ああ、それでいい」
荒げられる声に、渋々と言った様子で返事をする鍾離。眉間に皺を刻み、先の返事は心にもない同意だと物語っている。
自分は確かに勝負に負けたのに、何故?
勝者と扱われる理由が分からないタルタリヤは困惑した様子でウェンティの名を呼んだ。
名を呼び、自分は戦いに完敗したと伝えれば、ウェンティは今度は此方を睨みつけてきた。
「どうやら君も『命を奪わおうとしない』って約束を忘れてたみたいだね」
呆れた……。と頭を抱えるウェンティは、だから最初から戦いなんて止めろと言ったんだとため息を吐いた。
目を瞬かせるタルタリヤは、動けるようになったとはいえまだ本調子でない身体を無理矢理起こし、説明を求めた。
するとウェンティからは死にかけたせいで理解力が落ちたんじゃないの? なんて嫌味を貰ってしまった。
「武器を使ったら負け。元素力を使っても負け。それは覚えてるよ? でも―――」
「だから! それは殺し合いをさせたくないからの条件でしょ!? だったら相手の命を奪おうとしても負けに決まってるじゃないか!!」
理解できた!?
そう睨んでくるウェンティの気迫に気圧され、タルタリヤは無言で何度も頷いた。