タルタリヤが璃月に移り住んでそろそろひと月が過ぎようとしていた。
仕事は代わり映えすることなく、特に面白みもない。実に平穏な日々だと退屈を覚える程だったか、仕事以外ではそれなりに充実した毎日を送っていた。
そろそろ昼時だと時間を確認すると、部下達に休憩することを伝えて璃月港の美食を求めて街へ繰り出すタルタリヤ。
元々食事にこだわりはなく、むしろ無駄な時間だとすら思っていたのだが、最近は自分でも分かるぐらいにこの時間が楽しみになっていた。
その理由は明らかで、一人で単なる栄養補給として食べているわけではないからだ。
浮足立つように軽やかな足取りで駆ける青年の姿は、姿こそ大人の男だが何故か少年のように映った。
「お疲れ様、公子君」
「ウェンティ君、おまたせ」
見つけた姿に気付かれないように背後から近づいたのに、振り向かずに到着を言い当てられてしまった。
流石風神様だと笑いながら彼の視界に入るよう足を留めれば、ぱたんと本を閉じたウェンティが苦笑いを浮かべ見上げてきた。
「ねぇ、いい加減気配を殺して背後から近づくのは止めてくれないかな?」
「え? でもウェンティ君、気付くでしょ?」
「気付くから『しても良い』って考えはどうかと思うよ? 君がそんな風だから信頼回復に時間がかかっているんだからね?」
「はは。耳が痛いなぁ」
呆れたような口調で窘めてくるウェンティに、タルタリヤは肩を竦ませ一応謝罪の言葉を口にする。
だが、それが言葉だけのものだという事はお互い分かっているから、意味のないやり取りだと少年は肩を落とすのだ。
「全く。君には困ったものだね。君がその調子だから、いつまで経ってもボクも心配しなくちゃならないんだから」
「だから、もうウェンティ君を傷付けるようなことはしないって。ちゃんと約束、守ってるだろ?」
「この一ヶ月の間は、ね」
暗にたった一ヶ月で何を偉そうな顔をしているのかと言いたげなウェンティに、タルタリヤも同感なのだろう。
苦笑いを浮かべて「ちゃんと証明するからさ」と手を合わせて『お願い』をしてきた。
元より優しい神だったウェンティだ。人からの『お願い』を突っぱねることは、今もし辛いし、心が痛む。
自分がこの『願い』を聞き入れることで生まれる不平等は存在しないことは明らかなので、仕方ないなと苦笑交じりに承諾するウェンティ。
タルタリヤが見せるのは嬉しそうな笑みで、やると言ったらやる男だからと調子の良いことを言っている。
「そうであることをボクは願うよ」
「後悔はさせないよ」
「頼むよ、本当。君のせいで最近鍾離先生が何だかピリピリしてるんだから」
毎日のようにちょっかいを掛けてくるから鍾離先生の警戒も分かるけど。
思い出した恋人の不機嫌に肩を落とすウェンティ。タルタリヤはそんなウェンティの姿に、二人の間には明確な認識のズレがあるようだと苦笑いを見せた。