TREMOLO [ANNEX]

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見なかったことにしたい

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 場の空気が一瞬で凍り付く。以前この感覚を味わった時のことを思い出したのは、空だけではなかった。パイモンもまた、いつだったかの海灯祭で胡桃主催で開催された食事会での冷戦を思い出して青褪めていた。
 大変だぞっ! と視線を寄こしてくる相棒。空だってそれは分かっている。
 あの時は他にも人の目が合ったから冷ややかな空気を感じる程度で済んだのだが、今この場にはその抑止力となる存在が居ない。つまりは、舌戦以上の何かが起こる可能性が高いという事だ。
 自分の力で元七神の二人を留めることができるだろうか……。
 緊張を覚える空は二人の動向に注意を払った。二人が互いを攻撃しようとするならば、間に割って入って止める覚悟だ。
「おや? これはこれは、鍾離先生じゃないか。往生堂の客卿様がどうしてこんな秘境に?」
「久しいな、吟遊詩人殿。何、旅人が璃月の厄介事をモンド人が対処してくれていると聞いてな。他国の者に面倒をかけることは璃月七星も避けたいだろうと思い馳せ参じたしだいだ」
「なるほど。素晴らしい愛国心だね。でも、今君が言った通りこの秘境は一度入れば丸一日は閉じ込められてしまう面倒なもの。できれば君には入る前にそれに気付いて欲しかったかな」
 対処は既に終わっているため、この秘境に留まっていようとも害はない。だが、一般人が迷い込めば、大半の者が混乱するだろう。
 混乱した者がどんな行動をとるかなど、予測することは不可能。混乱のあまり怪我をする者が居ないとも限らない。
 そう言った可能性を加味して動いて欲しかったと笑顔で忠告するウェンティに、空の呼吸は喉奥で止まってしまった。
「ひっ」
 怯える悲鳴を上げたのは、パイモンだ。空は、彼女に視線を向けることができない。何故なら、鍾離を纏う風に乱れを感じたからだ。
 これは絶対怒っている。
 そう確信する空は、怒りを抑えて欲しいと訴えるよう口を開いた。だが、声を出すより先に男の手がそれを制すように掲げられた。
 此方に視線を向けることなく仲裁を拒む鍾離の姿に、青褪めた表情でウェンティに視線を向ける空。
 普段と変わらず愛らしい姿で佇む吟遊詩人だが、彼が纏う元素の量が増えたことは元素視覚を用いずとも感じられた。
 二人からは明らかに交戦の意思が示され、本当に仲が悪い二人の姿に勘弁して欲しいと思う二人はせめて自分達がまきこまれないようにその場を離れるしかできないのだろうか?
「尤もな忠告、痛み入る。……だが、吟遊詩人殿にはモンド人が此処で怪我をされては我々璃月人に迷惑がかかる可能性を考慮してもらいたい」
「! それは、申し訳なかったね。此方も配慮が足りなかったようだ。でも、旅人や鍾離先生程じゃないにしろ、ボクもそれなりに戦えると反論させてもらいたいかな」
「其方の実力云々の話ではなく、どんな秘境かも分からず単騎で乗り込むなど無謀だと言わざるを得ないと言う事だ。『万が一』の事態に遭遇した場合、モンドの人々になんと説明しろと?」
「その時はありのままを伝えればいいんじゃないかな」
 言葉こそ丁寧だが、呆れたと言いたげに頭を抱えている鍾離の姿に空とパイモンの気は一向に休まらない。もういっそのこと大々的に喧嘩を始めてくれればいいとさえ思ってしまう。
「……ふざけているのか?」
「ふざけてないよ。むしろ君にこそその言葉を問いたいよ。ボクがそういう状況に陥るかもしれないって、言いたいんだよね?」
 ウェンティから笑顔が消え、真顔で鍾離に凄む姿は神様然としていておっかない。
 これはいよいよ一戦始まるか!? と空はパイモンを庇うように前に立ち、剣を握りしめた。
 だが――――。
「何故そうなる。俺は『心配した』と言っているだけだろうが」
 鍾離は深い溜め息を吐いて脱力を見せるものの、空が懸念した『応戦』の意思は彼からは感じられなかった。



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2024-02-04 公開



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