TREMOLO [ANNEX]

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見なかったことにしたい

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「っ、モラクスっ」
 真顔から怒りを露わにするウェンティは悪友の真名を口にして睨みつけた。
 緊張が解けたわけではないが、空は『珍しい』と驚きを覚えた。普段のように飄々と相手を交わす彼らしくない反応だったから。
 空は勿論、パイモンだって二人の正体を知っている。その真名も、当然。
 だから、二人が互いをその名で呼び合っていてもなんら不思議ではないのだが、先程まで『鍾離』と『ウェンティ』として言葉を交わしていたのだ、突然真名を口にされれば驚いて当然だろう。空とパイモンが知るウェンティなら、何があろうとも最初から最後まで『鍾離』として悪友を扱うはずだから。
「お前の戯れに付き合うにも限度がある。改めないと言うのなら―――」
「分かったよ! 分かりました!! 無茶をしてごめんなさい!!! これで満足!?」
 溜息交じりの鍾離の言葉を遮るウェンティの怒声。とても謝っているようには思えないが、鍾離はそれを許容し、「分かればいい」と苦笑を漏らした。
(あれ……?)
 剣を携えていた空が覚えるのは、違和感。それが何に対するものかは分からなかったが、確かに『何かおかしい』と感じた。
「旅人、大丈夫そう、か……?」
「え? あ、ああ。心配しなくても良かったみたいだね」
 おっかなびっくりといった様子で尋ねてくる相棒は、またいつ二人が険悪な雰囲気になるか怯えているようだ。
 空はそんなパイモンを安心させるように笑い、手にしていた剣を片すと二人の名を呼び、自分達が居ることをアピールした。
「すまない、旅人。気を遣わせたようだな」
「それは全然。正直、あのままウェンティの事を怒るのかとヒヤヒヤしてたけど」
「お前との『契約』を反故するようなことはしないさ」
 信頼してくれと苦笑を漏らす鍾離に、空は信頼はしているけど……とウェンティに視線を送った。
「いくら旧知の仲でも、やっぱり相性ってあるから」
「それはボクとじいさんの相性が『ぴったり』っていう皮肉かな?」
「心当たり、あるでしょ?」
 それはあるけど……。と唇を尖らせ拗ねた様子のウェンティ。
 先程の七神のオーラは何処へやら。悪戯を咎められた子供のような仕草に空はついつい笑ってしまった。
「鍾離先生、ありがとう。俺との約束を守ってくれて」
「礼には及ばん。ただ、あまりコレを甘やかすべきではないと忠告しておく」
 つけあがるだけだぞ。とウェンティを指差す鍾離。とことん相性が悪い二人の関係性を考えればこの後どうなるかは空でなくても分かるだろう。
「人を指差すのはとても失礼な事なんだよ!」
 向けられた指を叩き落とすウェンティは、もう少し『凡人』としての常識を身に着けろと鍾離を窘める。
 すると鍾離は叩かれた手の甲を擦りながら、忠告する為の暴力は如何なものかと応戦の姿勢を見せた。
 早々に二回戦開始ですか? と呆れる空だが、鍾離が『契約』を破ることは無いと信じて二人の言い合いをパイモンと共に傍観することにしたのだった。



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2024-02-05 公開



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