TREMOLO [ANNEX]

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見なかったことにしたい

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 無音に近い空間は、深い眠りに誘う効果があるのだろう。仮眠程度に考えていたはずなのだが、気が付けば頭も体もすっきりしていて、空は自分が熟睡していたことに一人苦笑を漏らした。
 傍で眠るパイモンに視線を向ければ、すやすやと心地よさそうに眠りこけていて、彼女もまた深い眠りについているようだ。
 相棒の寝姿を笑みを浮かべしばらく眺めていた空は、ふと後どれぐらいこの秘境で過ごすのだろうと考える。しかし、眠っていた時間が定かではないため、考えても答えは出なかった。
(そういえば、やけに静かだな……)
 静寂に支配された空間に焦燥感を覚えるのは、眠りに落ちる前は僅かながら聞こえていた話し声が全く聞こえていないから。
 彼らもきっと身体を休めるために眠っているのだろうと思う反面、血みどろの惨状が脳裏に過ってしまうのは鍾離とウェンティの関係性を知っているからだ。
 眠りにつく前、交わした約束。鍾離がそれを悪戯に破ることは無いだろうが、ウェンティのあの性格を考えれば、挑発に耐え兼ねて……という事も十分考えられた。
(でも二人が戦ったら流石に俺も起きると思うし、大丈夫だよな……?)
 見た目こそ人の形をしているが中身は人外の鍾離とウェンティが一戦交えようものなら、呑気に眠りこけていることなど不可能に違いない。
 そう自分に言い聞かせるものの、空が知る二人の力の差は明らかで、怒った鍾離を前にすれば剣を交えるよりも先に粛清されてしまうような気もする。
(……心配だ)
 気にせず再び眠りにつくことはできそうにない。
 空は小さく溜め息を吐くと、幸せそうな顔をして眠る相棒を起こさぬよう気を付けて鍾離達のもとへと向かうことにした。
 大して広くない秘境のため、休む前に二人が軽口を言い合っていた場所までは直ぐに辿り着くことができる。
 しかし、広い空間に在るべき姿は見当たらず、焦る。
 まさか思っていた以上に自分は眠りこけていて、秘境から脱出できる時間をとうに過ぎてしまっていたのだろうか?
 いや、しかしそれなら二人は声を掛けてくれるはず。自分達を放って脱出するとは彼らの性格上考えられない。
 過った可能性を自ら否定して落ち着こうと試みる空。だが、次の疑問が出てきてしまい、それはそれで不安を覚えた。
(二人とも、何処に行ったんだろう……)
 見当たらない姿に、まさか何か問題が発生したのだろうか? と安否を心配してしまう。二人の実力は熟知しているが、それでも心配するのは友人としては当然の反応だ。
 何があったかは分からないがとりあえず『痕跡』を探ろうと元素視覚を使い、周囲を観察する。すると、一か所、とても強い風元素の反応が見て取れた。
(ウェンティだ!)
 方向は、眠る前に彼らが居た場所だった。
 姿は見えないが痕跡を見つけられたことに安堵して足を進める空だが、近付いて驚き脱力してしまった。何故ならそこには物陰に隠れるように眠るウェンティの姿があったからだ。
 『何か』あったと言うのは自分の早とちりで、ただ単純に死角で姿が確認できなかっただけのようだ。
 何事もなかったことに安心した空は、でもそれも仕方ないと自分自身に言い訳する。仲が悪い二人の姿が見えなければ、先の勘違いが生まれるのも当然だ。と。
 空は眠りこけるウェンティ前で足を止めると、身を屈め声を掛けた。隆起した岩に背を預けて眠る姿はとてもじゃないが安眠できているとは思えなかったからだ。
「ウェンティ、眠るならちゃんと横になった方が良いよ」
 魔神がどのように身体を休めるのかは正直定かではないが、少なくとも人の身体は座って眠るには適していない。体勢によっては休んだつもりがむしろ疲れてしまうことだってあるだろう。



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2024-02-06 公開



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