かけた声に返ってきたのは寝息だけ。
よくもまぁこんな寝苦しい体勢で熟睡できるものだと感心する空は、よほど疲れているのだろうと友人の隠し事のスキルの高さが少し物悲しいとも思った。
ウェンティには今まで頼れる相手がいなかったのだろう。だからなんでも一人でこなそうとして、時折無茶をするに違いない。
たとえ元七神と言えども、この世界の住人ではない自分には関係ない。ウェンティは大切な友達なのだからもう少し頼って欲しいと思ってしまう。
一人で秘境探索なんてやっぱり大変だったに違いないと改めてウェンティの優しさを愛おしく思う空は、せめてゆっくりと休んで欲しいと思い、その肩に手を伸ばした。
「ウェンティ。ウェンティ、ちゃんと横になって休んだ方が良いよ」
触れた肩は思っていたよりもずっと華奢で驚いた。女の子とまでは言わないが、少なくとも男にしては頼りないと感じるほどだ。
ウェンティの線の細さを感じながらも、友人にきちんと休息をとって欲しいから少々強引だと思いながらも再び肩を揺さぶった。
すると、穏やかな寝顔に煩わしそうな眉間の皺が刻まれた。
眠りを妨げられれば、まぁそうなるよな。
お節介だと怒られるかもしれないと思いながらも、それでもこのまま座って眠りこけるよりはずっといい。
とりあえず寝起きが不機嫌だったならば、再び寝落ちるまでひたすら謝ろう。
そう思いながら、空は覚醒を促すようウェンティの名を口にしようとした。しかし、思いもしない名前が聞こえ、思わずその場で固まってしまった。
「やぁ……、もらくすぅ……」
肩に乗せた手は駄々をこねるウェンティによって振り払われ、『まだ眠い』と甘えるような声色が続いた。
そして何よりも空を凍り付かせたのは、ウェンティが口にした名前だ。
彼は確かに今、『モラクス』と言った。それがウェンティの天敵のような悪友、鍾離の魔神名だということは流石に空も知っている。
だから絶対に聞き間違えるわけはないのだが、頭の中は『何故?』で埋め尽くされていた。
再び穏やかな寝息を立て眠るウェンティ。
先程口から零れた声は、普段の彼からは決して聞くことのない音色だった。そう。それはまるで街中で偶に見かける恋人たちの声色のような。
(き、聞き間違い……、そうだ、聞き間違いだ! そうに違いない!!)
想定外のことが起こると、人は現実逃避をするとはよく言ったものだ。
空もそれに漏れることなく先の声は『幻聴』だったと自分に言い聞かせ、平静を取り戻そうと試みた。
だが、平静を取り戻すよりも先にとんでもないことが更に起こってしまうとは、この時はまだ想像もしていなかった。