「旅人が向かう先は―――いや、あの呑兵衛が対処しているのは、璃月に出現した秘境だ。余所者に手間を掛けさせるわけにはいかないだろう?」
煎れた茶を啜る鍾離は微笑を浮かべ尋ねてくる。とても物腰柔らかなその姿とは裏腹に、ピリピリとした空気を肌に感じて空はまた息が詰まる思いをした。
怒っている。彼は静かに怒っている。
そう直感した空は、璃月の問題だからモンド人の手を煩わせるわけにはいかないと言うのであれば自分達が急ぎウェンティに代わって対処するから同行は必要ないことを早口で伝えた。
隣でそうだそうだと首がもげる程頷いているパイモンと共に、どうか聞き分けてくれと祈る空。
だが、鍾離の笑みは崩れない。
「そう気負うな。俺も丁度暇をしていたところだ。前線から前線から退いて久しいが、役には立つぞ?」
そりゃそうだろう。貴方は七神の一人、岩神モラクスその人なのだから。
謙遜なのか牽制なのか。空が知る限り、モラクス程頼りになる助っ人はこれまでの旅でも片手で数えられる程しか出会っていない。
彼が同行してくれると言うのであれば本来は百人力だと大喜びするところだ。
それなのに―――。
「俺が同行することに何か問題があるというのなら、構わない。教えてくれ」
「問題は、無いけど……」
戦力的な問題はない。知識的な面でも、勿論。ただ、心配なだけだ。彼が天敵――もとい、悪友と顔を合わせた途端、ウェンティを殴りつけないかどうか。
(海灯祭の時は、他に人目があったからあの程度で済んだんだろうけど……)
囲んだ食卓には、自分達の他に二人の正体を知らない者もいた。だから舌戦で留まっただろう争いも、ストッパーが居なければどうなっていたか考えるのも恐ろしい。
鍾離とウェンティでは、力の差は歴然だ。それを理解しながらもウェンティは鍾離に絡むだろうから、ヒヤヒヤする。
空は、回避できた争いが今回勃発するのではと考え、胃がキリキリと痛む思いだった。
「鍾離、お前、吟遊野郎の事、怒ったりしないか……?」
「! パイモンっ!」
「だ、だって! あいつはただ璃月港で酒を呑みたいって理由で秘境の探索を引き受けてくれたんだぞ!? それなのに、いきなり殴られたら流石に可哀想だぞ……」
「それはそうだけど!」
「何か誤解があるようだが、俺はよほどの事がない限り手は上げん」
理由もなく顔を見るなり他者を殴る暴漢か何かと思ってくれるな。
そう苦笑を漏らす鍾離は湯呑みを置き、「まったく。あいつには困ったものだな」と笑みを和らげた。
その笑い顔がまるで仕方のない相手に見せる慈しみに満ちた笑みのよう思えた空は、思わず目を擦る。自分の見間違いか? と。
「どうした、旅人」
「あ、いや……、何でもない」
改めて鍾離に視線を向ければ、自分の奇行に不思議そうな顔を見せる彼と目が合った。
嗚呼やっぱり見間違いか。
空は愛想笑いで誤魔化し、パイモンが訴えたようにウェンティを怒らないという約束をしてくれるのなら秘境の攻略を手伝って欲しいと申し出た。
鍾離が返すのは、勿論という二つ返事だ。