腹ごしらえをした空達が璃月港を出たのは、ウェンティと別れて四半日が過ぎる頃だった。
ゆっくりし過ぎたと慌てる空の足は来た時よりも随分急いでいて、空を飛んでいるパイモンも隣に留まれないほどだった。
二人は時折後ろを歩く鍾離を気にして振り返るのだが、彼は呼吸一つ乱さず着いて来ているから気に掛けること自体不要だろう。
「随分慌てているな」
「え?」
「見つけた秘境はそれほどまでに危ういモノだったのか?」
先を急ぐ空の足が止まることは無い。あと少しで秘境に戻れそうだと更に歩みが早くなった時、後ろを歩いていたはずの鍾離が隣に立っている事にギョッとした。
驚きながらも歩みを止めることのない空が返すのは『分からない』の言葉。
アレがどんな秘境なのか、足を踏み入れていない空には判断がつかないのだからそれ以外に答えようがないのだろう。
自分は悪くないと分かっていながらも、つい「ごめん」と謝る空。鍾離からは何故謝るんだと尤もな言葉を貰ってしまった。
「旅人はあいつが何者か、知っているのだろう?」
「うん、知ってる。ウェンティがモンドの風神バルバトスだって、ちゃんと」
「なら何故そんなに急ぐ必要がある?」
不思議そうな鍾離に、空が返すのは苦笑いだ。
きっと鍾離はこう言いたいのだろう。七神の一人が秘境探索で大事に陥るわけがないだろう。と。
空だって、それは分かっている。
ウェンティは自分で自分のことを最も弱い七神だと自虐しているが、それでも彼は『七神』であり『風神』。
本人の自己評価がどうであろうとも、人の物差しで定義した『弱い』には当てはまらない力の持ち主だ。
鍾離が言う通り、ウェンティが地脈異常で出現した秘境で危うい状況に陥ることはまずないだろう。
しかしそれでも先を急ぐのは、決して彼の実力を軽視しているからではない。彼が空にとって大切な友人だからだ。
「友達を心配する理由に力は関係ないよ」
「なるほど。旅人にとってあれは『友人』だから、か……」
「うん。もし鍾離先生が同じ状況だったら、俺は今と同じように心配するよ」
空の言葉は、凡人になってまだ日の浅い彼に正しく伝わるだろうか?
前を向いて歩き続ける空。
その後ろを必死に追いかけていたパイモンは、空の隣を歩いていた鍾離の歩みが少しずつ遅くなっている事に気が付いた。
「しょ、鍾離? どうしたんだ?」
「ああ、いや……。旅人の言葉について思惟を巡らせていただけだ」
心配そうなパイモンに、鍾離が見せるのは苦笑い。
普段の彼らしからぬその様子に、パイモンの心配は増すばかりだ。
「『人』とは斯くも暖かい生き物なのだな」
心配するパイモンを余所に何やら満足気に笑う鍾離。神様が凡人になる道のりはまだまだ遠そうだ。