凡人と自称するにはあまりにも浮世離れしている鍾離にパイモンが『人』としての感情の機微を語っているのを聞きながら、空の歩みは更に加速した。
秘境前でウェンティと別れて既に四半日以上経過している。それなのに、道中ウェンティとすれ違う事はおろか、その元素の痕跡を見かけることも無かった。
鍾離が言った通り、風神バルバトスが真の姿であるウェンティにとっては、秘境攻略など難なくこなせるものだろう。
正直、戻る道中に彼とばったり出くわすと思っていた。
此方に鍾離が同行していることを察して避けた可能性もあるが、元素視覚で注意していた為その可能性はかなり低いだろう。
となれば、残る可能性に焦燥感が募る。
(ウェンティ、無事でいて……)
璃月に突如現れた秘境は、風神バルバトスが四半日かけても出ることのできない魔窟かもしれない。
脳裏に過る最悪のビジョンに、空は奥歯を噛みしめ大地を蹴った。
背後からパイモンの心配する声と、突き刺さる視線。まるで捕食者に見られている獲物のような気分を味わうのは、自分が焦っているからだろうか。
「! 見えたっ!」
漸く目的地に辿り着いた頃には、陽はもう山々に隠れて空は僅かに茜色を残すのみで紺色に支配されていた。
入り口に立った時、空は自分の呼吸が酷く乱れていることを知った。
頬を伝う汗をグローブで拭い、一呼吸置いて後ろを振り返る空。
背後には息一つ乱れていない涼しい顔をした鍾離が何か言いたげな面持ちで立っていたが、空は言葉を交わすことなくただ苦笑いを見せるだけ。
「旅人、ちょ、ちょっと休まないか? オイラ、疲れたぞ……」
「そうだよね。ごめんね、パイモン。俺が先は先に入るから、鍾離先生と少し休んでから追って来ていいよ」
「そ、そんな事できるわけ無いだろ!? 旅人を一人秘境に行かせるぐらいなら、オイラこれぐらい―――」
「大丈夫。秘境にはウェンティが居るだろうし、心配要らないよ」
パイモンは大切な相棒だ。だから、無理をさせたくない。
できることなら、体力が回復するまで一緒に休みたいところだ。
しかし状況が分からないウェンティを心配する空は、今考えられる最善の案を提示する。
パイモンを一人荒野に残すのは心配だが、鍾離が一緒に居てくれるのであれば安心できる。と。
勿論パイモンはそれに難色を示すのだが、彼女もまたウェンティが心配なのだろう。空の提案に渋々ながらも同意しようと口を開いた。
「うぅ……わか―――」
「ならば、俺が先に入ろう。旅人とパイモンは休んでいてくれ」
「えぇ!?」
「しょ、鍾離先生?」
しょんぼりと肩を落とすパイモンの罪悪感がひしひしと伝わって来て胸を痛める空だったが、彼女の言葉を遮る鍾離の言葉には目が丸くなった。
驚き絶句するパイモンの脳裏に浮かんだ想像は、きっと自分と同じだろうと思う空。
(絶対、勝手なことをしたウェンティを怒る気だ!!)
自分達の前では、それは叶わない。だって約束――『契約』したから。だからこんならしくないことを進言したに違いない!
空とパイモンは顔を見合わせ、鍾離を一人ウェンティのもとに向かわせてはいけないと頷き合った。