TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

緑の帽子



「答えろ、ウェンティ」
 凄む男の声だけで身が竦む。
 だが、かなりの手練れである胡桃ですらこの状況なのに、鍾離が怒りを露わにしている相手、ウェンティはそれを真正面から受け止めながらも怯んでいる様子はなかった。
 彼が――彼らが只者ではないことは分かっていたが、思っていたよりもずっと次元が違うと胡桃は思ってしまう。
 嫉妬に怒り狂っている鍾離を睨み返すウェンティの反応によっては、非常に不味い事態になるかもしれないと戦々恐々の思いで必死にその場で踏ん張る胡桃。
 怒りをぶつけあっている二人は、そんな彼女のことなど眼中にないのだろう。
 猶も互いを牽制する威圧感を放っていた。
 睨み合いは暫く続いたが、埒が明かないと口を開いた鍾離によって事態は動く。
「お前は俺の伴侶だ。その自覚が足りないのか?」
「君がボクに隠し事をしたからでしょ!?」
「『隠し事』? 何のことだ?」
 あろうことか『浮気』を疑われ、ウェンティの激情は怒りに振りきれてしまったようだ。
 鍾離に負けじと睨みを着かえる少年の姿に、周囲の視線はどんどん集まって来る。
 胡桃的にはせめて場所を考えてと注意したいのだが、どうにも声が出てくれない。
 そして周囲に気付かず言い合いを始める鍾離とウェンティ。これはもう、明日の話題は決まったようなものだろう。
「ボクが君を笑い者していたって、なんで教えてくれなかったのさ!!」
 そう言ってウェンティが大地に叩きつけたのは、ぐしゃぐしゃになった己の帽子。
 あまりに原型を留めていないそれに、一瞬何なのか理解できなかったのだろう。鍾離の眉間の皺は深くなったから。
 だが、直ぐにウェンティの帽子だと気付いて、表情が一変する。
 怒りから驚きへと変わった彼の顔に、ウェンティはやっぱり鍾離も知っていたんだと腹を立てる。
 ほんの少しだけ、彼も知らなかったのではないかと期待したのに。
「璃月じゃ緑の帽子を被ってるってことは、恋人に『浮気されました』って吹聴してるってことなんでしょ!?」
 大声で怒鳴るウェンティ。その声は集まっていた群衆にも届き、辺りは何やらざわざわと騒がしい。
 いや、なんとなく理由は分かっている。胡桃も同じ気持ちだからだ。
「おい誰だ、ウェンティさんに要らないこと言った奴は」
「ウェンティさんはモンドの人なんだから、そっとしておこうって話だったじゃないか」
「他の奴ならいざ知れず、鍾離さんとウェンティさんに限ってありえないのに本当に誰が藪を突いたんだ」
 聞こえてくる群衆の会話に、胡桃はそうだそうだと深く頷いた。
 確かに此処、璃月では俗話の一種として『緑の帽子は恋人に浮気をされた男が被るものだから縁起が良くない』と敬遠されている。
 それは事実だし、この通り周知の事実でもある。しかしそれは璃月だけの話で、モンドをはじめ他の国ではそんな俗話は存在しない。
 だからこそ、モンド人のウェンティが身に着けていたそれに対して最初こそギョッとしたものの、誰も鍾離が浮気をしたなど邪推する者はいなかった。
 何より、ウェンティの出身や鍾離の人となり以前に、二人が大変、本当に大変仲睦まじいことは璃月港の人々にとって常識を通り越してある種の理に近いぐらいなのだから。



 | 


2024-02-15 公開



Page Top