TREMOLO [ANNEX]

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緑の帽子



「お前はモンドの出身だ。この帽子に他意が無いことは明らかだろう」
 小さく息を吐いた鍾離は身を屈め地面に叩きつけられたウェンティの帽子を拾い上げた。
 セシリアの花を模した花飾りについた汚れを落とすように優しく叩く鍾離は手にした帽子に視線を落としたまま。
 昨日までは皺一つない布地だった帽子は、よほど力を込めて握りしめられていたのか皺だらけだった。
 知った事実によほど腹を立てたのだろうとその時のウェンティの心中に同情を覚えるが、それでも彼の心の底にあるのは喜びだからどうしようもない。
(ただの俗話にこうも心を乱すとはな。分かっていたが、俺は随分愛されているようだ)
 ウェンティが見せる反応は、想いが深いからこそ。
 先程見た胡桃に―――他者に詰め寄る姿には一瞬で目の前が真っ赤に染まったが、背景を知ればなんてことはない。
 この帽子の意味を知りながら友人も誰一人教えてくれなかったことに憤っていたのだろう。
 目の前でまだ怒りを露わにしている恋人視線を向けると、鍾離が見せるのはそれはそれは愛おしげな笑みだった。
「な、んでそんな顔っ―――」
「すまない。……お前の意思を尊重するつもりで言わずにいたが、俺が間違っていた」
 怒りに満ちていた瞳を見据え、己の非を認める鍾離。
 すると翡翠が一瞬大きくなると、その後揺らめき、表情を歪ませるウェンティ。
「そんなこと、分かってる。君がボクのために黙ってくれていたことなんて、そんなの、分かってるっ!!」
「ああ。そうだな。……それでも、腹立たしかったのだろう? 余所で俺が噂話の的になっている事が」
「そうだよ! 悪い!?」
「いいや。きっと同じ立場に成れば俺もそう思うだろうからな」
 ただの噂話でも、愛おしい恋人の不貞を疑いそれを話題の種として用いられることは正直不愉快だ。
 恋人はこんなにも自分だけを愛しているのに、その想いを見ず知らずの者が貶すことなど許されることではない。
 きっとウェンティも同じ気持ちなのだろう。
 そして、その怒りを向けるべき相手が分からず、意味を知りながらも自分が身に着けることを許し続けた恋人へとその矛先が向いてしまっただけの事。
 それならば、鍾離にできることは唯一つ。
「……お前も此処に住んでもう随分経つな」
「それが、なんだっていうのさ」
「璃月には『郷に入りては郷に従え』という言葉がある。丁度いい機会だ。お前に故郷以外の装いを贈ろうと思うが、着てくれるか?」
「え……?」
「故郷の――モンドの装いをするなとは言わない。だが、偶には璃月の装いを見たいと言う馬鹿な男の願いをどうか聞いてはくれないか?」
 そう言って帽子を差し出す鍾離に、ウェンティは彼から目が離せず、それを受け取ることができない。
 すると鍾離は目尻を下げ、「それがお前の『応え』と思っていいか?」と尋ねてきた。



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2024-02-15 公開



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