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「っ―――、この匂いは―――っ!」
玄関のドアを開けた時、噎せ返るほどの甘い匂いが鍾離を襲った。
反射的に口元を手で覆い隠し匂いの遮断を試みるも、理性が遠退く感覚は止められなかった。
僅かに残る正気を掻き集めて家に入ると急ぎ玄関の扉を閉め錠を落とす。
これで部外者がこの匂いに引き寄せられてくることも無いと朧気ながら足を進める鍾離だが、そもそもこの匂いは彼にしか感知できないということを忘れているようだ。
花弁に引き寄せられるミツバチのように甘い香りのもとへと歩みを進める鍾離は、自分とは別の『自分』が脳内で叫ぶ声の大きさに気を抜けば取り込まれると爪がグローブを突き破ってしまうほど強く手を握りしめていた。
彼が向かうは、寝室。その扉に手を掛けた鍾離は、それを開くことに躊躇いを覚えた。きっとこの扉を開けば自分は押し込めてきた凶暴な本性を抑えきれないだろうと分かっているからだ。
しかし、いつまでも此処に突っ立っているわけにもいかない。この雄を誘う甘い香りは扉の先にいる存在が―――愛おしい番が自分を求めて発しているものなのだから……。
鍾離は奥歯を噛みしめ、既に霧散しかけている理性を今一度掻き集めて扉を開いた。
その瞬間、むわりと効果音が聞こえてきそうなほど濃密な香りを纏う空気が鍾離を包み込んだ。
「バルバトスっ」
今にも吹っ飛びそうな理性。欲に血走った眼差しは男の限界を訴えている。
それでも必死に理性的であれと己に言い聞かせて声を掛ける先には寝床の上に積み上げられた自身の服でできた山だった。
匂いはそこから発せられている。
自然と開く口元から零れる涎は、馳走を前にした獣さながらだ。
己の本能を拭い寝床に歩み寄れば、服の山に埋もれているのは愛おしくも可愛らしい彼の番だった。
「もら、くすぅ」
熱に浮かされ潤んだ瞳は涙を溜め込み、虚ろながらも此方に向けられる翡翠。
鍾離は寝床に腰を下ろすと番の――ウェンティの額に張り付いた美しい紺青の髪を一房退けてやった。
汗ばんだ額を目にした途端、その体液を舐め回したいと舌で己の唇を舐めずる鍾離。
だが聞こえる声に本能に支配されかけていたことを知り、取り繕うようにウェンティを見下ろし番の状況を心配した。
「随分重い発情期のようだが、大丈夫か?」
その声が震えているのは抑えきれない欲情のせいだ。
気遣うよりもさっさと喰らいつけと嗾けてくる本能を無視することは困難で、番を心配している気持ちに偽りはないが、今すぐ抱き潰してやりたいと手が伸びそうになってしまう。
必死に欲情を隠す鍾離は、思考を埋め尽くしそうになる劣情を振り払うようにウェンティの体調に意識を集中させた。
オメガ性に現れる発情期は個体差は在れど大体1、2か月に一度訪れるものだ。
その間に彼らからは性フェロモンが分泌され、オメガ性以外の者達を誘惑してしまう。
特に鍾離のようなアルファ性を有する者にとってはオメガ性の発情期に分泌される性フェロモンは抗うことが困難な衝動に駆られてしまう程強力な催淫効果があり、以前はそれに伴う事故や事件が多く発生していた。
しかし、今は医療が開発が進み、発情期をきちんと管理できる薬も開発されてオメガ性の発情期に伴う犯罪は少なくなっている。
鍾離の番であるウェンティもまた、既に鍾離にしかそのフェロモンは感知されないながらも薬でそれらをきちんと制御していた。
そう。服薬により本能が有する発情期を無くすことはできないが、症状は無くすことができていたのだ。今までは。
それなのに、服薬しながらも何故こんな強力な発情期を迎えてしまっているのか。
鍾離は己の欲から目を逸らすことで漸く事態の深刻さに気付くことができた。