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「『一心浄土』とは彼女の創り出した精神世界と聞いている。鎖国中は其処に籠っていた事は知っているが、今もなお其処に?」
「昔のように『出てこず』、ということは無いんじゃが、そうじゃな。ふらりと出てきてはいつの間にかまた其処に戻っておる。妾のようにもっと外界と接点を持つべきだと何度も苦言を呈しているんじゃが聞きもしない」
困ったやつよ。
そう言って笑う八重の表情に先程のような妖しさはなく、手のかかる子供を慈しむ様なものだった。
ここにきて漸く彼女の本心が見えた気がしたが、ウェンティはそれに喜ぶことも安堵することもなかった。何故なら先程から全くと言っていい程恋人がこちらを見ないからだ。
いつもなら人の目など気にせず熱の籠った眼差しを向けてくるくせに、何故か今はそれがない。自分が縋るように抱きついているにもかかわらず、だ。
ウェンティが鍾離に抱く不信感。いや、これは『不信』ではなく、『恐怖』だ。
(なんで八重ばっかり見てるの? 八重が来てから全然ボクの方見ないけど、まさか、浮気……?)
まさかそんなじいさんに限って。
そう自分の想像を笑おうとしたのだが、全然笑えなかった。
元々が元素精霊であり神になった際に人の姿を手に入れたウェンティにとって、性別とはあまり馴染みのないものだった。そもそも肉体がない存在だったせいか肉欲も感じることは無く、それが『性別』という概念の薄さに拍車をかけたのかもしれない。
そして出自こそ違えど鍾離も似たようなものだったらしく、恋仲になって初めて肉欲を覚えたと言っていた。他者と交わったことがないわけではないが、自ら望んで交わったことはこれまでなかった。と。
正直その話を聞いた時、過去のこととはいえ複雑な感情を覚えたウェンティ。しかしそれでも今は――これからはお前だけだと言った恋人の言葉を信じて過去彼が抱いた相手のことは忘れることにしたのだが、ふと思い出してしまった。彼が初めて自分を抱いた時、『女体』との差異を熟知していたことを。
(やめてよ。今更女の身体が良いとか言い出さないでよ……)
八重の容姿は非常に煽情的だ。世の男が夢中になるだろう艶めかしい体躯をした女性を前に、鍾離は過去の快楽を思い出してしまったのでは? と想像だけが膨らんでゆく。
恋人が自分を裏切るわけがないと理性的な自分が暴走する思考を何とか止めようとしているが、得られない眼差しにその声は次第に小さくなってゆく。
自分は今恋人の腕の中に居るはずなのに、何故か彼がとても遠くに感じてしまう。
「ならばそのように計らおう。……して、詩人殿は珍しく静かじゃが、酒の呑み過ぎで腹でも壊したか?」
「! 今日はまだ呑んでないし!」
突然かけられた声に遠退いていた意識が戻ってくる。
慌てて取り繕うように八重に噛みつけば、にんまりと笑う女狐。その笑みは妖艶で色香が漂うものの、邪悪だと感じるのは彼女に脅威を感じているからだろうか?
「おやおや、呑兵衛が素面とは珍しい。貴殿は随分調教の腕が良いようじゃのぉ。妾にも今度教えて欲しいものじゃ」
「ちょっと! 人を犬猫と同じように扱わないでよね?!」
「なにを戯けたことを。お主はそんな可愛げのあるものと同列ではあるまい?」
「性悪狐は今日も元気いっぱいだね!?」
「褒めても何も出ぬぞ。しかし詩人殿は随分囀りが小さくなったようじゃが、男ができると変わるタイプだったとは予想外じゃのぉ。これが『ギャップ萌え』というやつか?」
どうやらクスクスと楽しげに笑う八重を口で負かすことは困難なようだ。ウェンティは反論の言葉を失い悔しそうに彼女を睨む。以前なら対等かそれ以上に彼女を言い負かすことができただろうに、今日は余計な思考が邪魔して全く反撃できないようだ。
「宮司殿、『ぎゃっぷもえ』とはどういう意味かご教授願えるだろうか?」
「ギャップ萌えとは普段と違う一面にキュンキュンすることじゃ」
「ほぅ……。つまり、相手に好意を持つ。という意味か?」
「そうじゃ。流石貴殿は理解が早い。影の奴は何度説明しても全く理解せんからのぉ……」
『萌え』を学ばせるために自身が手掛けた娯楽小説を定期的に読ませているという八重。それでも理解できないと眉を顰める雷神にどうやったら『萌え』を理解させることができるかと逆に鍾離に尋ね返し、鍾離はそれに律儀に考え提案を投げている。
なんて事のないやり取り。だが、ウェンティには自分に向けられた八重の関心を取り戻すような振る舞いだと恋人への疑念を強めるやり取りだった。