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鳴神大社を後にしたのは八重が立ち去ってから程なくしてだった。傾いた陽の光に照らされた櫻は朝とも夜とも違う姿を見せており、菫色に色付いた空との境界が曖昧で吸い込まれてしまいそうだ。
ウェンティは鍾離の腕に抱かれながら下山して遠ざかるその景色を振り返る。正確に難ありな昔馴染みが宮司を務めている点を除けば、鳴神大社は本当に素晴らしい場所だと思いながら。
「気になるか?」
「え?」
「さっきから山頂を気にしているだろう?」
苦笑交じりの鍾離の問いかけ。恋人へと視線を向ければ、複雑そうな表情を浮かべた横顔を見ることができた。
ウェンティは八重とのやりとりを思い出し、胸がぎゅっと締め付けられるようだった。息苦しさを覚えながらも抱きつけば、「余所見はしてくれるなよ」と穏やかな声で幼子をあやす様に背中を叩かれた。
「するわけないでしょ。……むしろ君が女の良さを思い出したのかと思ったんだからね」
「『女の良さ』? なんだそれは」
「『なんだ』って聞かれても言葉通りの意味としか言えないよ。……モラクスは他の人とエッチしたことあるんでしょ?」
変えることのできないものを疎んでも仕方ない。仕方ないと分かっているのに、想像すると煮え湯を飲まされたように苦しくもがきたくなる。
ウェンティは抱き着く腕に力を込め、鍾離に抱かれた『誰か』に覚える嫉妬を隠そうとした。
「確かに経験はある。だが、それらは唯の処理でお前とのそれとは程遠い行為だった。俺のすべてに誓って、愛しいと思いながら抱いたのはお前だけだ」
だからどうか過去を赦して欲しい。
そう懇願する恋人にウェンティはしがみついていた腕を緩め、「君が望んでもボクは女体になる気はないけど良いの?」と尋ねた。その眼差しは頼りなく、すがるようなものだった。どうか良いと言って欲しい。彼の全てがそう訴えているようだ。
鍾離が表情に浮かべるのは微笑みで、当たり前だろうと恋人の髪を梳かす。愛しいと思うのは今腕の中に居る存在であり、『男』でも『女』でもないのだから。
「俺にとって重要なのは、お前がお前であることだ。バルバトス」
「ボクがボクであること……」
「そうだ。お前の見た目など些末な事だ。お前だから愛おしいと思うし、愛でたいと思うんだ。……それを忘れるな」
どう足掻いても過去は変えられない。だが、未来は自分の心持ち一つで変えることができる。
だから、と言葉を紡ぐ鍾離はウェンティの顎に手を添え包み隠さぬ愛の籠った眼差しで見つめた。
「俺はこの先何があろうとお前以外と交わらない。たとえお前が俺の元を去ろうとも、だ」
「ボクが君の元を去る時が来るとすれば、それは君が他の誰かを愛した時だよ」
「なら何も問題はないな。俺はお前以外愛せないのだから」
永い永い時の中何処までも続く生に心を失う友を多く見てきた鍾離は、その気の遠くなる程永い時間の中で唯一愛した相手を前に愛を紡ぐ。心変わりなど、するわけがない。毎日想いを深めているぐらいなのだから。
「お前を愛して初めて知った。『愛おしい』という感情には天井がない」
「それって、すごく今更だね? ボクは君を好きになってから直ぐに知ったよ」
紡がれる愛の言葉の数々に胸がいっぱいになる。先とは別の意味で苦しくなるウェンティはこみ上げる熱いものを堪えるように唇をかみ、ぎこちない笑顔を見せる。ボクはずっと君に恋してる。そんなことを考えながら。
「参った……、人里までまだ随分ある」
「モラクス?」
「今すぐお前を愛したいのに、町に着くのは日が変わる頃だ」
「そ、なんだ……?」
真剣な面持ちを向ける恋人の言葉が何を言いたいか、察しているのだろう。羞恥に頬を赤らめ俯いてしまうウェンティ。
鍾離はそんな恋人の額に口付け、懇願を零した。
「今だけは赦してくれないか?」
と。
『何を?』と聞く程空気が読めないわけじゃない。恋人の問いかけにウェンティは少しの狼狽を見せるも首まで真っ赤に染め上げ「いいよ……」と小さな声を返ししがみついた。
「すまない」
「でも、誰かに見られるのは恥ずかしいからヤダよ?」
「案ずるな。もしも他者の目に触れようものなら俺は相手を葬らなければならないからな」
だから安心して愛されろ。
そう言って笑う鍾離からの口づけはとても甘く、ウェンティの心を蕩けさせた。