TREMOLO [ANNEX]

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風神が嫉妬する話

30



「あら? 其処に居るのはモラクスですか?」
 お互い我慢できなくなるから口づけを我慢して抱き合っていれば、耳に届く声。
 ウェンティはもぞもぞと身じろぎ顔を上げると、鍾離は自分を抱きしめたままの状態で背後を振り返っていた。
 声だけでなく、呼ばれた名前が鍾離の真名であったことが、そこに居るのが誰かを教えてくれる。
 ウェンティが上体を傾けるように彼の後ろを覗き込めば、思った通りの姿があった。
「やっぱりバアルゼブルだ」
「バルバトスも居たんですね。小さすぎて視界に入っていませんでした」
 少し離れたところに経っているのは美しい女性。彼女はこの稲妻を統治する雷神バアルゼブルこと雷電影だ。
 以前会った時よりもその美しさに磨きがかかっていると思うのは、容姿だけではなくその内面によるものだろうか?
 驚いた表情を見せる彼女は昔の能面のような無表情が嘘のように人間味を帯びている。
 発せられた言葉は昔とあまり大差ないものだったが、神として今も稲妻の民を守り続けている彼女からすれば早々に神の座を退いた自分に好感を持つことの方が難しいのだろうとウェンティは納得している。
「久しいな、バアルゼブル」
「ええ、本当に。旅人がテイワットを去った時以来でしょうか?」
「そうだな。それぐらいになるか」
 果てしなく永い時を生きる自分達からすれば再会は刹那にも似た時間だったが、あの時はゆっくり顔を突き合わせて話すことなど無かったから友として本当の意味での再会は五〇〇年以上ぶりだった。
 鍾離はウェンティを抱きしめる腕を解き、影に向き直るよう踵を返した。
 稲妻の風景の美しさを称える言葉を口にして彼女の神としての仕事ぶりに感服の意を示せば、影も悪い気はしないのだろう。嬉しそうに微笑んで礼を述べていた。
「私も貴方の国のことをよく耳にします。とても活気に満ちた良い国だそうですね」
「ありがとう。だが、今の璃月はもう人の国。俺も其処に住む一人の凡人だ」
「ああ……。そう言えばそうでしたね。貴方が神を降りたと聞いた時は本当に驚きました。……彼の影響ですか?」
 ウェンティに向けられる視線には先程鍾離に向けていたような好意的な感情は伺えない。
 随分嫌われたものだと内心肩を落とすウェンティが空笑いを見せていれば、ポンっと何かが頭に乗った。それが鍾離の手だと気づいたのは、髪を撫でる仕草の優しさから。
「確かに、バルバトスは全く関係ないとは言い切れないが、最終的に決断したのは俺自身だ。誤解の無いよう言っておくが、神の座を降りたのはその責務を放棄するためではなく、次の時代を見たいと思ったからだ」
「『次の時代』……、それは『人が創る世界』ということですか?」
「ああ、そうだ。神が不在であろうとも逞しく命を育む存在が近くに在っては『神』という存在の意味を考えざるを得ないだろう?」
 神が居なければ世界は間違った方へと進む。かつて自分達が――七神が滅ぼした国のように。
 いや、今となっては彼らが『間違っていた』と言い切ることが正しいかも定かではないが、それでも当時、神の居ない国は邪悪で凶暴な思想を持つと思っていた。
 だから風の神が去った隣国はいずれカーンルイアと同じように堕ちると警戒していたのだが、彼らは神が去った後も風神を信仰し、逞しくそして朗らかにその命を紡いだ。
 酒と自由を愛し、他者に寛容な国として繁栄する隣国。鍾離はその時神が居なければならないと言う考えに疑問を抱いた。疑問はやがて仮定に変わり、それを正しいと証明するため行動を起こした。
 鍾離は、だから切欠はウェンティだが、神の座を退くと決めたのは自分だともう一度影に告げた。
「神の手を離れた人の世界……。私には、まだ想像もできません」
「そうか。だが、それは悪い事じゃない。俺もこれが居なければ想像できなかっただろうからな」
 優しく微笑む鍾離の言葉に、何を返せばいいのかウェンティは言葉に詰まる。
 いつものように茶化すような言葉を返せばいいのだろうが、胸がいっぱいで何も出てこなかった。
 最古の魔神であり、七神の長のような存在だった鍾離。風神になって間もない頃に出会った彼は、まさに天上の存在だった。
 とても賢くとても強い彼に最初に抱いた感情は憧れであり、認められたいと願ったこともある。
 そんな彼からもらった言葉に感極まるなという方が無理な話だ。ウェンティは二人の前で泣かない様に耐えるだけで精一杯だった。



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2023-09-26 公開



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