TREMOLO [ANNEX]

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風神が嫉妬する話

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 八重が戻ってからどれぐらい時間が経っただろう?
 手にしたグラスは空になっていて、全て飲み干したのかそれとも零してしまったのか定かではなかった。
 ゆめうつつに居る様な表情で美しい櫻の大樹を見上げていれば、不意に聞こえる誰かの笑い声。それは複数あって、声質的におそらく女性のものだろう。いずれも知らない声であったため、防衛本能かそれとも警戒心の表れか、ウェンティの意識は覚醒する。
 自分が今此処に居る理由などはおぼろげながらも記憶にあるため取り乱すことは無かったが、それでも知らない場所に突然放り出された気分になって落ち着かない。
 酔いが醒めたら戻って来いと言っていた八重の言葉を思い出し、そろそろ恋人と旧友が待つ部屋に戻ろうかとウェンティが立ち上がったその時、聞こえていた声が話している内容が鮮明に耳に届いてしまった。
「八重様のお客様にとても素敵な男性がいらっしゃったけど、アレって将軍様の恋人かしら?」
「私も気になってたんだけど、やっぱりそうですよね? 将軍様、いつもと違ってとても嬉しそうな顔をされてましたし、絶対恋人ですよね?」
「美男美女でとってもお似合いだったから間違いないでしょ! はぁー! あんな素敵な恋人、私も欲しいぃ!」
 はしゃぐ声はとても無邪気で楽しそうだった。
 しかし会話の内容は見当外れもいい所な憶測ばかりで、意図せず盗み聞きする羽目になったウェンティは心の中で(はずれ)と笑った。
 彼女達が話す『素敵な男性』とは鍾離の事。彼がどれほど魅力的な存在であるかはウェンティが一番知っている。
 そしてそんな彼が愛しているのは彼女達の想像では『将軍様』こと影だが、実際はウェンティその人。鍾離と影の間には友愛こそあれどそれ以上の感情はこの先も芽生えることは無いだろう。だって、鍾離が愛情を注ぐのはウェンティだけなのだから。
 あれやこれやと鍾離と影の仲を想像して盛り上がる女性達の声を聞いたウェンティは、『違うよ』と『残念でした』と心の中で否定する。人の目にはそう映るのかと新鮮な気持ちになりながらも盗み聞きを楽しんでいたはずなのだが、何故か彼女達の声を聞くたび胸が苦しくなった。まるで巨大生物にでも圧し掛かられているかのように重苦しい胸元を抑えるウェンティ。まだ酔いが醒めてないのかな? と苦笑を漏らしたつもりだったのだが、何故か頬が強張ってうまく表情が動いてくれなくて焦った。
(え? なんで? なんで??)
 酒に酔っていたとしても筋肉まで固まるなんて聞いたことがない。慌てて自身の頬を動かすように指で摘まめば、柔らかい頬は難なく持ち上がってくれた。どうやら筋肉が固まっているわけではなさそうだ。
 己の頬を摘まんだまま硬直するウェンティは、眉を下げ、項垂れる。
(えぇ……、こんなことでボク、傷ついちゃってるのぉ……?)
 自分の恋人を他人が褒め称えてくれることは嬉しい。それは嘘じゃない。でも、彼の恋人として認識されていないどころか候補にさえ入れてもらえないのは流石に悲しいと言うことだろうか。それとも、鍾離には影のような存在が相応しいと暗に言われているようで苦しいのだろうか。
(……きっと、どっちもだよね)
 相応しくないと言われたことがあるわけではないが、きっと誰もが思っている事だろう。何故ウェンティなのだろう? と。
(そんなのボクがききたいぐらいよ)
 そう自嘲を零すウェンティは胸が苦しくて目が回りそうだと脱力すると再びその場に座り込んでしまった。とてもじゃないが、今恋人達が待つ部屋に戻って何も気にせず笑える自信は皆無だった。



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2023-10-02 公開



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