TREMOLO [ANNEX]

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風神が嫉妬する話

39



「凡人は噂話が好きだと聞いてはいたが、あまり気分の良いものではないな」
 ウェンティの耳に届いているということは鍾離の耳にもばっちり届いているのは当然だろう。
 盛り上がる女性達の声に僅かにだが怒気を含んだ声が頭上から聞こえて安心してしまうウェンティ。女性達の噂話をはっきりと否定したわけではないが、限りなく否定に近い言葉に感じられて嬉しかった。その一方で、名前も顔も分からない『人』の噂話に振り回される自分が酷く弱い存在に思えて落ち込んでしまう。
「……アレが原因か?」
「ん……」
 あやす手は変わらず優しく、心地よいリズムで背中を叩いている。ウェンティは小さく頷き、情けない自分をどうか嫌わないで欲しいと願い、一層強く恋人にしがみ付いた。
「そうか。まだ愛し足りなかったか」
 手を止め、抱きしめてくる鍾離はウェンティの耳元に唇を寄せると穏やかな声色で囁きを落とす。今宵は俗世の噂に惑わされることが無いよう教え込んでやろう。と。
 そのままチュッと耳朶に口付けを落としてくる鍾離。
 ウェンティは小さく身体を撥ねさせ、しがみつく腕から力を抜いた。
「鍾離先生のえっち……」
「番相手に理性的になれと言うのか?」
 詰る言葉を口にするウェンティの顔は赤く、目は潤んでいる。視線を合わせた鍾離はくすりと笑い、零れそうな涙の粒を拭うようにその目尻に口づけを落とした。
 頬を包み込むように添えられた両手にウェンティは己の手を重ね、尋ねる。他の人から恋人と思われない自分で本当に良いのか? と。
 その言葉に鍾離は破顔し、笑う。いつもなら自分の想いを疑うのかと怒りを覚えるだろう言葉だが、今しがた恋人が口にした言葉は疑いから出たものではないと知っているからだ。
 いつもは飄々としてつかみどころのない風のような存在が、周囲の雑音に自信を失い縋ってきている。それもこれも全て鍾離を心から想っているからこそ。誰よりも愛しているからこそ、こんなにも簡単な事に思い悩んでしまうのだ。
「周りがどう思おうと関係ない。俺自身がお前でないとダメだと言っているんだ。あんな雑音になど耳を傾けず、俺の声だけ聞いていろ」
「でも―――」
「それでも聞こえてしまうと言うのなら、俺がその耳を塞いでやる。だから俺を信じてお前はお前のままでいてくれ」
 言葉通りウェンティの耳を塞ぐ鍾離は額をこつりと突き合わせ、込み上げる愛しさをそのまま言葉にして紡ぐ。もし今後この腕に抱く存在を失えば、自分は正気を保てる自信が無いと思いながら。
「モラクス、ごめん……」
「謝るな。俺は今必死にお前を口説いているんだぞ?」
 その答えが『ごめん』でいいのか?
 そう尋ねられれば、ウェンティは首を勢いよく横に振り「大好きっ」と鍾離にしがみつく。
 ぎゅっと抱き着いてくる愛おしい存在を包み込むように抱きしめる鍾離。その口角は笑みを象り、幸せそうだ。
(金輪際、勝手なことを言ってくれるな)
 視線に気づき其方に目をやれば、数人の女性の姿が目に入った。彼女達は驚きつつも頬を染め食い入るようにこちらを見ており、鍾離はそんな彼女達に声を出さぬよう人差し指を己の口に立てた。
 我に返った女性達は己の口元を両手で隠すと何度も頷き、頬を赤くしたまま足音を立てずその場を後にする。きっと今後彼女達は勘違いを暴走させることは無いだろう。『素敵な男性』が本当は誰の恋人か、良く分かっただろうから。
(噂話は不快だが、これが甘えてくれるのならばそう悪くもないな)
 そう思いながらも恋人が一人で傷つき落ち込む姿はもう見たくない。だからもしも同じようなことがあるとするのなら、その時は初めから自分が恋人の隣に居る時が良いと思う鍾離だった。
 



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2023-10-03 公開



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