TREMOLO [ANNEX]

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風神が嫉妬する話



 桟橋に到着すると、待ちわびていたとばかりに稲妻の地を踏む乗客達。彼らの流れに逆らうことなくウェンティを抱いた鍾離も足を進め、キラキラと陽の光が反射する水面の奥に色付く櫻色に昔と違わず美しい国だと鍾離は目を細めた。
 以前この地を踏みしめた時、雷神として稲妻を統治していた魔神バアル―――この地では雷電眞と名乗っていたーーーがわざわざ出迎えに来てくれた。律儀な彼女らしいもてなしに、この地に生きる民達には神の気質がしっかりと受け継がれているのだと感じたものだ。
 災厄と呼ばれる大戦に命を落とした彼女が守っていた国は、記憶に違わず美しい。それはバアルが没した後、彼女の双子の片割れであるバアルゼブルーーー雷電影が二代目雷神となり守り続けてきたからだろう。
 一時片割れを失ったバアルゼブルは民を守るため極端な行動に出たと知りその心中を気に掛けてはいたが、どうやら彼女が抱えていた問題は完全に解決したようだ。
「……綺麗だね」
「ああ。この地が見せる風景はおそらくテイワットでも指折りだろう」
「璃月も負けてないよ」
「! モンドもな」
 力なく笑うウェンティを気遣い、無理に話そうとしなくていいと髪に口づけを落とす鍾離。帰ってくるのは、「無理とかじゃない」という覇気のない声だ。
 旅行先で恋人に心配をかけたくないといういじらしさ故の虚勢。そう知りながら鍾離は「ならいい」と追及することなどせず桟橋をゆっくりと歩いた。
 美しい櫻を近くで見たいと逸る気持ちのまま足早に通り過ぎてゆく他の乗客達。気が付けば自分達が一番最後になっていた。
 桟橋を渡り終えた鍾離が向かうのは宿で、腕の中にいる恋人はうつらうつらと舟を漕いでいる。酷い船酔いのためここすうじつ碌に休めていなかったのだろう。できることならこのまま体調が回復するよう眠っていて欲しいところだ。
 港町の少し奥まった場所に見つけることができた宿屋の文字。家屋に入ると恋人を起こさぬよう宿帳を確認していただろう男性に声を潜めて一泊することはできるかと尋ねた。
 帰って来たのは笑顔と鍾離と同じく顰められた声。「お部屋にご案内します」と直ぐに奥に通され、鍾離はその細やかな気遣いに感謝した。
「後程宿帳への記載をお願いしますので、どうぞごゆっくりお休みください」
 恭しく頭を下げる男性に同じく頭を下げて返す鍾離。
 ぱたんと僅かな音を立ててしまったドア。鍾離は恋人を抱いたまま器用に錠を落とし、客間へと踵を返した。
 腕の中ですうすうと聞こえる穏やかな寝息。青白かった顔色には血の気が戻り、眉間に刻まれていた皺も無くなっている。
 恋人の快方に安堵するも、ベッドに寝かせて起こさないか心配になる。
 おそらく目が覚めてしまえば、ウェンティは酷く気を病むだろう。体調を崩して迷惑をかけた上荷物も何もかも任せてのんきにうたた寝をしていたなんて恋人失格だ。と、そんな方向にまで行きかねない。
 鍾離は思索したのちベッドを通り過ぎ、そのまま海が見える窓辺に置かれた椅子に腰を下ろした。勿論、その腕にウェンティを抱いたまま。
 僅かな振動も与えぬよう細心の注意を払い椅子に腰かけた鍾離は、恋人の眠りを妨げてはいないかその寝顔を覗き見る。
 薄く唇を開き寝息を立てるその姿に思わず手が伸びそうになったが、寸でのところで制すことができた。
(目が覚めて体調が戻っていれば近場で美味い酒を扱う店でも探してやるか)
 きっと目覚めたウェンティは迷惑をかけたからと一日だけの禁酒を申し出てくるだろう。それは無類の酒好きにすれば、この上ない謝罪の意だ。
 だから鍾離は『迷惑ではない』と分からせるため、二人で久しぶりに訪れた稲妻で夜櫻を肴に酒を呑みかわそうと考え笑った。



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2023-09-05 公開



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