TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

酒は飲んでも飲まれるな

10



「それより、酒場に顔を出すなんて珍しいじゃないか。以前酒は苦手だと言っていたと思ったんだが、克服したのか?」
「いえ、お酒は苦手なままですよ。ガイア隊長のように味を楽しめる様になればこの苦手意識もマシになるかもしれませんが」
「ならどうして? 夜の酒場にジュースを飲みに来たわけじゃないだろう?」
 酒場とはいえ、酒を呑むためだけの場所ではない。エンジェルズシェアではノンアルコールの飲み物も豊富に取り揃えているし、料理も美味いと評判だ。
 だが、どうしたって夜の時間になると酒が中心となるこの場所ではゆっくり食事をとることは叶わない。夕食のつもりで訪れたのなら今からでも鹿狩りに行った方が賢明だろう。
「ああ、それとも鹿狩りが満席で仕方なくこっちに来たのか?」
「違いますよ。ちゃんとエンジェルズシェアに来ると決めて来てますから。ただ目的はお酒ではありませんが……」
 ガイアが酒を好まないミカがエンジェルズシェアを訪れた理由を推測していれば、本人からはどれも違うと否定される。
 何処か恥ずかしそうにはにかむミカは、ちらりとカウンターの方へと視線を向けた。おそらく彼の『目当て』が視線の先にあるのだろう。
 ガイアが興味本位で視線の先を追えば、そこには愚痴を零しているだろうウェンティとそれを宥めるディルックの姿があった。
(そういえば、ミカがある吟遊詩人に熱を上げているとかホフマンが言ってたな……)
 なるほど。と納得するガイア。だが直ぐにミカの眼差しには敬愛を越える熱が宿っていると気づいて顔が引き攣った。面倒な事が起こりそうな予感がする。と。
「やっぱりウェンティさん、モンドに戻られていたんですね」
 嬉しそうな声と表情に頭を抱えたくなる。ホフマンから話を聞いた当初であれば少年の可愛い初恋だと笑えただろうが、如何せん今の彼は少年から青年に成長してしまっている。『少年の可愛い初恋』と流すにはその視線に籠る熱量が大きすぎたのだ。
 ミカはまさか片想いの相手がモンドで信仰される『風神バルバトス』本人だとは思ってもいないだろう。そして、その風神様がモンドを離れた理由が隣国璃月の岩神様の傍に居るためだと言うことなど欠片も知らないはずだ。
(こいつは厄介だぞ。俺はどうすればいい? 教えてくれよ、ディルック)
 べろんべろんに酔っぱらっている風神様の面倒を見ている義兄に心の中で問いかけてしまう程、お手上げ状態だ。
「璃月に移住されると聞いた時はもうモンドでお見掛けすることは無いだろうと諦めていましたが、これは本当に嬉しいサプライズです!」
「お、おお……、そいつは良かったな……」
「あの、ご挨拶に伺っても大丈夫でしょうか? ディルック様と何やら親密なご様子ですが、もしかしてお邪魔でしょうか……?」
「! ディルックと? いやいや、ないない。それは絶対ない」
 ただ酔っ払いを介抱しているだけだが、ミカの目には違うように映っているらしい。
 明らかに意気消沈とばかりに眉を下げるミカに、ガイアは彼の勘違いを全力で否定してしまった。誤解させておいた方が面倒は無かったと後から気づいたのだが、風神様のお相手を知っているだけについ反射的に『違う』と声に出てしまったのだ。
 ガイアの否定の言葉にミカの表情はぱぁッと明るくなる。良かった! と言わんばかりの笑みは眩しくて、何故かガイアが罪悪感を覚えた。
 既に失恋しているとも知らず嬉々としてウェンティに声をかけに行くミカ。何も知らない後輩の後姿がなんとも哀れで、ついつい『待て』と止める手が止まってしまった。
 そのせいで後々義兄に多大なストレスをかけてしまう事態に発展してしまったが、この時はミカの気持ちを汲んで『止めない』選択をすることが正しいと判断したのだ。



 | 


2023-10-13 公開



Page Top