「こんにちは。お久しぶりです、ウェンティさん」
「うぅ……だれぇ……?」
「ミカです。西風騎士団の遊撃小隊で測量士をしているミカ・シュミットです」
喧嘩中の恋人を想いメソメソしながらディルックに絡んでいたウェンティの横に座るミカは、状況が理解できているのかいないのか、満面の笑みを浮かべて『憧れの人』に話しかけた。
先程よりも酔っぱらっている様子のウェンティは涙でぼやける視界を彷徨わせて声の相手を探した。
揺らめく視界の先に金色の輝きを見つけ、涙を拭うように目を擦って焦点を合わせれば、昔の面影をわずかに残す青年の姿を確認できる。
愛らしかった少年は年頃の娘が見惚れるだろう端正な美男子に成長しており、時の流れを感じる。
ウェンティは涙声のまま「ひさしぶりだね……」と猶も零れる雫を拭いながら笑い返した。立派になったねと親戚のおじさんのような言葉を続ければ、ミカから返ってくるのはウェンティの容姿は変わらないと言った言葉だった。
ウェンティは人として生きながらも、人ならざるモノ。己が望まない限り幾年もの歳月が過ぎようともその見た目は変わることは無い。
ウェンティの正体を知るディルックはガイアに視線を向ける。眼差しだけで『彼は知っているのか?』と尋ねてくる義兄に、義弟が返すのは『否』のジェスチャーだ。
モンドで今も信仰の対象となっている風神バルバトス。彼が今『ウェンティ』という吟遊詩人として俗世で暮らしていると知れば、混乱を生みかねない。それ故、ウェンティの正体は西風騎士団の中でも限られた者にしか知らされていない。隊長格でも知らされない者がいるのだ。一介の測量士にその情報が降りてくるわけがない。
義弟の反応にディルックの眉間に僅かながら皺が寄る。きっと彼は面倒事が次から次へと舞い込んでくると思っているのだろう。
ガイアは義兄をフォローすべく先程まで自身が座っていた場所に戻り、小さくなった氷が浮かぶグラスを手に取った。
「ウェンティさんは全くおかわりないようでちょっと驚きました」
「えぇ。それっていいことなの?」
「勿論です! 昔と変わらず綺麗というか、可愛いと言うか―――」
「お話し中申し訳ありません。ご注文を伺ってもよろしいでしょうか?」
高揚した表情で前のめり気味になるミカはウェンティを褒め称える言葉を口にする。
明らかな好意を感じ取ったディルックは、ミカの『求愛』を止めるよう声をかけた。
ディルックの声に我に返ったのか、ミカは顔を真っ赤に染めて恥ずかしそうに椅子に座りなおすとアップルサイダーを1つ注文した。
注文を賜ったディルックは新しいグラスを用意し、それに氷を半分ほど入れると芳醇な林檎の香りが漂うノンアルコール飲料を慣れた手つきで注いでゆく。
「どうぞ。アップルサイダーです」
「ありがとうございます、ディルック様」
飲み物を用意しながらもミカが再びウェンティに『求愛』しないか目を光らせていたディルックは、警戒していた相手から向けられる尊敬の念が籠った眼差しに良心を痛めた。
ウェンティを見るミカの眼差しは純粋そのもので、本当に彼を想っているのだろうと伝わってくる。
他人の色恋に首を突っ込むべきではないと思っているディルックは、ミカを不憫に思った。本来であれば、彼が心のまま振舞うことを自分が止めることもなかっただろうに。と。
しかし、いくら彼が良き青年でも相手が不味い。相手がただの吟遊詩人であれば、いや、ただの『人』であれば、何も問題はなかった。だが彼は風神バルバトスであり、隣国璃月の神の伴侶でもある存在。恋慕する相手としては非常に不味いと言わざるを得ない。
(今のお二人の状況から見て余計な投石は波乱を生みかねない。彼には申し訳ないが、邪魔をさせてもらうしかないな)
酔っぱらって正常な判断ができなくなっているウェンティは恋人が自分と別れる気だと暴走気味。そんなところに自分を慕う純粋無垢な存在が現れたら、気持ちは揺らがなくとも寂しさを埋めるために好意に寄り掛かってしまわないだろうか?
オーナーでありながらも此処エンジェルズシェアでバーテンダーとして酒を振舞うことも多いディルックは、痴情のもつれというものも多く見て来た。情愛とは時に人を狂わせるモノだと経験上知っているからこそ、今の状況に彼の胃はキリキリと痛んだ。