「あの、何かあったんですか?」
「えぇ? どうしてそうおもうのぉ?」
用意された飲み物を一口飲んだミカは意を決したように口を開いた。
彼が口にしたのは、何に対するモノか明確にしない問いかけ。様々な答えを一度に引き出すことが可能な言葉にディルックが眉を顰めたことをガイアは見逃さなかった。
酔っぱらっているウェンティは彼の問いかけに力ない声を返す。
取り繕う理性は一応残っているようで安心した。
しかし、相手の言動に一度に答えは得られないと判断しただろうミカは、一つ一つ自身の疑問を投げる手法に転換する。
そして、おそらく今のウェンティが最も耳にしたくない単語を含む質問を初手で投じて来た。
「ウェンティさんは今璃月にお住まいですよね? 確か、鍾離先生と一緒に暮らしていると伺っていたのですが、今日はお一人でモンドにいらしたんですか?」
「っ」
何かを期待しているような青年の眼差し。いつものウェンティなら、すぐに眼差しに宿る感情に気づいて飄々とした態度で相手を煙に巻くだろう。
だが今は、恋人の心変わりを信じて疑わない傷心の身。相手の感情の機微を察する余裕など皆無だった。
睫毛を涙で濡らしながらも締まり無い笑い顔を浮かべていたウェンティ。しかし、他者の口から恋人の名前が出ただけで笑顔は消え、表情は泣きそうに歪んでしまった。
それでもミカの前で情けない姿を見せまいと耐えているのだろう。視界が歪んでも涙は何とか零れず留まっていた。
声を出せば堪えていたモノがあふれてしまう。必死に平静を取り繕って涙を引っ込めようとするウェンティに、見兼ねたディルックが口を挟んだ。
「鍾離先生は仕事のため遅れて来られるだけだ」
「! あ……、そう、なんですか……」
ディルックの言葉に三者三様の反応が返される。
ミカは苦笑いを浮かべ落胆し、ガイアは何か言いたげな呆れ顔を見せている。
そしてウェンティの表情に浮かぶのは、怒り。それはディルックが鍾離の肩を持ったからだ。
鍾離が今仕事中であることは嘘じゃない。しかし、先のディルックの言葉は『仕事が終わればモンドに来る』と言ったもので、それは明らかな嘘だった。
ウェンティは、ミカが自分を昔から慕っていることを知っている。いや、その敬愛に色恋が含まれている事は気づいていないが、吟遊詩人として評価してくれていることは理解していた。
だから、今日だけは優しい民に愚痴を聞いてもらって癒してもらってもいいだろうかと考えていたのに、ディルックはそれを妨害した。
何事にも誠実であろうとする真面目な彼のことだ、きっといかなる理由があろうとも恋人への不義を許さないと言いたいのだろう。
もう別れを決めているだろう相手に義理を通せと言うディルックに、ウェンティは零れそうになっていた涙を拭い、ミカに向き直った。
「ミカはきょうだれかとやくそくしてる? もしひとりなら、ボクとのまない?」
「え!? い、良いんですか!?」
「もちろん! しょーりせんせーはいつくるかわからないからね! もしかしたらもうモンドにはこないかもしれないし!!」
ミカの手を握り、一緒に呑もうと誘うウェンティ。想い人から誘われた青年がそれを断るわけがない。たとえ相手に恋人が居ようとも、ただ楽しく酒を呑むぐらいは許されるはずだ。と。
勿論ディルックは暴走するウェンティを止めようとしたのだが、神の怒りとばかりに睨まれれば口を挟むことができなかった。
裏切り者とは話したくない! とミカの手を引きカウンターを後にするウェンティ。ディルックは「どうしてこうなった……」と項垂れている。
「そりゃあんな止め方すりゃ、風神様も腹が立つだろうよ」
ウェンティが怒るのも無理はないと肩を竦ませるガイアは疲れ切っている義兄の赤い髪をポンポンと叩き、恋愛経験値の低いモンドの貴公子様には荷が重かったな。と揶揄いの言葉を残し、何とかフォローしてみると言って荒れ狂う風を追いかけた。