「うぅ……、別れたくないよぉ……」
「お、落ち着いてくださいっ」
「あやまるから、ぼくがわるかったから、おねがいだからうわきなんてしないでよぉ」
わんわん泣き出すウェンティの声は悲痛なもので、口に出された言葉は全てウェンティの妄想だと分かっているのに相手の男に怒りを覚えそうになる。
ディルックは眉間に皺を作りながらも愚図る子供をあやす様に極力優しい声で「何も心配いりませんから」とウェンティを宥めるも、その手は強く握りしめられていた。
「……ガイア、行くわよ」
あの風神様が色恋沙汰でここまで弱るなんて想像できなかったと息を吐くガイアだが、ウェンティの逆隣りに座っていたエウルアが勢いよく立ち上がったことに嫌な予感を覚えた。
頬を引きつらせながらも何処に行くと言うのかと尋ねれば、鬼の形相をしたローレンス家のご令嬢はその顔面を同僚に近づけるよう一歩踏み出し、「璃月に決まってるでしょう!?」と据わった目で睨んできた。
その手には愛用の大剣が携えられており、流石のガイアもぎょっとしてしまった。
「待て待て待て! 落ち着け、エウルア! な?」
「私は落ち着いてるわ。君こそ、冷静になりなさい。璃月の神はモンドの神を冒涜したのよ? こんなの全面戦争に決まってるじゃない!」
「うっ酒臭っ! いや、待てって! ジンの胃に穴を空ける気か!?」
「止めないで! 腰抜けの君が居なくても私一人で神殺しを成し遂げて見せるわ!!」
今にも酒場を飛び出して璃月に攻め入りそうなエウルア。
ガイアは異性だからとか言ってられないとその体を羽交い絞めにするよう止めるのだが、流石は遊撃小隊の隊長様だ。ビクともしない。いや、それどころかむしろずるずるとガイアは自身が引き摺られていることに驚いた。
(マジかよ!? 両手剣使いはゴリラばかりなのか!?)
騎兵隊長の意地―――いや、男の意地にかけて止めて見せると足を踏ん張るガイア。だが、それでもずるずる引き摺られてしまってなんとも情けない姿を晒してしまう。
「何やってんだガイア隊長! そんなに縋りついて痴話喧嘩か!? いいねいいね!」
「ほっとけ! いや、頼む、止めるのを手伝ってくれ! エウルアの奴、酔っぱらって錯乱してるんだ!」
酒場に飲みに来たであろう面々の茶化す声に助けを求めるなんて一生の恥だ。そんなことを考えながらも今エウルアを止めなければジンだけでなくファルカにまで大目玉を喰らいかねない。背に腹は代えられないとガイアはプライドを捨てる選択をとった。
事情は分からないがその必死さは伝わったのだろう。大男三人が加わり、漸くエウルアを止めることに成功する。しかし、放っておけばまたいつ特攻をかけるか分からない同僚を
放置することは危険だと判断したガイアは、かなり気が引けたが酒場の奥――従業員用の仮眠室に彼女を連れて行き、其処にあった椅子に縛らせてもらった。
「ちょっと! どういうつもり?! 放しなさい! ガイア!」
「お前の頭が冷えたらすぐに解放してやるよ。……はぁ、なんだ今日は。厄日か。」
ギャンギャン喚いているエウルアの姿に、ガックリと肩を落とすガイア。
暫くそこで頭を冷やしてろ。とまだ怒っているエウルアに言い聞かせ酒場へと戻ると、先程の騒動など気にも留めていない気の良い連中が大盛り上がりを見せていた。
「騒ぎにはなってない、か。よかったよかった」
言葉とは裏腹に疲労を滲ませるガイア。するとそんな彼に「あのぉ……」と遠慮がちな声が聞こえた。かけられた声に振り返れば、そこにはエウルアの隊に所属している測量士のミカが困惑の表情を浮かべ立っていた。
「お疲れ様です、ガイア隊長。あの、エウルア隊長は一体どうしたんでしょうか……?」
「あぁ……、いや、ちょっと飲み過ぎて口論になってな。気にするな」
「でも、隊長は……?」
「急に暴れて気分が悪くなったみたいだから義兄さんに―――オーナーに許可を貰って奥の仮眠室で休んでるよ」
「ああ、そうだったんですね。話を聞いてエンジェルズシェアに来たらエウルア隊長とガイア隊長が揉めててびっくりしました」
ガイアの言葉を素直に信じたミカはホッと胸を撫でおろし、「明日、隊長には『お酒は程々に』と注意しておきます!」と無邪気な笑顔を見せた。
「はは。是非そうしてくれ」
そう笑顔を返しながらも、きっと明日には綺麗さっぱり忘れているだろうから無駄だろうと思うガイア。
彼は事情が事情なだけあって1から説明するわけにもいかないと自身に言い訳し、注意を受けたエウルアが反発する未来を想像してミカに対して心の中で合掌するのだった。