TREMOLO [ANNEX]

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酒は飲んでも飲まれるな



 『他人のいざこざは最大の娯楽』とはよく言ったもので、ガイアはそれはそれは楽しそうな顔をしている。まるでおもちゃを見つけた子供のようなその笑い顔に、ディルックは肩を落としながらも説明した。
 これは全てウェンティからウェンティ視点の話だと断りを入れてから事の顛末を話せば、ガイアは「やっぱりただの痴話喧嘩だったか」と笑った。喧嘩した事実は変わらないが、ウェンティが酒に頼らなければならないほど辛い結末は決して訪れないと確信しているようだ。
 義兄と同じ結論に至ったガイアは用意された酒を手にしてまだめそめそと泣いているウェンティの肩を抱く様に圧し掛かり、「嫌なことは呑んで忘れちまえ!」と煽る。
 当然義弟の無責任な行動はディルックによって止められるのだが、客観的な意見に聞く耳を持たないウェンティはディルックではなくガイアの言葉を聞き入れて「そうする!!」と涙声で空のグラスを差し出してきた。
「でぃるっくおかわり!」
「お止めください。もう呂律も回らなくなっていますよ」
「何言ってるの! ラグヴィンド家の当主には辛いことがあったモンド民を労わろうと言う思いやりがないの?!」
「そうだぞディルック。紳士たるもの傷心の吟遊詩人殿をちゃんと慰めてやらないとな!」
 これ以上酒は出せないと突っぱねたいが、3つに増えた非難の声には頭が痛くなる。
 ディルックはめまいがすると頭を抱えながらも煩い小鳥たちを黙らせるためには要望に応じるしかないと諦めの境地に至った。
 せめてもの抵抗とばかりに普段ウェンティが好んで飲む林檎酒をできる限り薄めてグラスに注げば、「ジュースでだますなんてひどい!」とまた喚かれて失敗に終わり、これはもう何事もなく明日が来るよう祈るしかなさそうだ。
「そんな悲壮感を漂わせるなよ、ディルック」
「煽っておいて楽観的なことを言わないでくれ。そもそも君が囃し立てなければこんなことにはならなかったはずだ」
「分かってないな。こういうのは溜め込んだ方がダメなんだよ。ほんの小さな蟠りも残さない方がいいってことはお互い身を持って知ってるだろう?」
 ガイアは酒を味わいながらエウルア相手に愚痴を零しているウェンティの頭をポンポンと撫で、昔を懐かしむように笑った。
 義弟にそんな顔で過去を思わせる言葉を紡がれれば、ディルックも弱いのだろう。難しい顔をしながらも口を噤んだ。
「それで、ウェンティさんは旦那の浮気を疑って『実家』に帰って来たってわけだ?」
「そうだよ! って、ちがう! うわきはうたがってない! たぶん……」
「『たぶん』って言う段階でもう疑ってるじゃない。素直に認めなさいよ」
「ちがうってば! たしかにモラクスはなにかかくしてるけど、でも、でもぼくがおさけのんだから、でも、でもなんであんなおこるんだよぉ」
 あんなひどい言い方しなくてもいいじゃないかぁ。
 そう言って泣き出すウェンティ。エウルアはそんなウェンティを慰めながら「紳士の風上にも置けないわ!」とグラスを傾け酒を呑みほした。
 ガイアが好む午後の死はかなりアルコール度数の高い酒だ。それなりに酒に強い彼ですらロックで頼んだそれを一気飲みするような真似はしたことがない。
 そんな酒を酔っているとはいえ一気に飲み干したエウルアに、流石のガイアも「あー……やっちまった……」と乾いた笑いを浮かべた。
「マスター、おかわり!!」
「ぼくにもおかわりぃ!」
「……エウルアさん、悪いことは言わない。少し水を飲んだ方が良い。ウェンティさんも、アップルサイダーを用意するから一度休んだ方が―――」
「「おかわり!」」
 すっかり酔った形相のエウルアの目は据わっており、泥酔しているウェンティは閉ざした瞳から涙を溢れさせている。
 そんな二人からグラスを差し出されたディルックの顔は引きつっていて、義兄の胃を心配してしまうガイアは仕方ないとばかりに助け船を出した。
「まぁまぁ二人とも落ち着こうぜ。夜はまだこれからなんだ。早々に潰れちゃもったいないだろう? 楽しむためにも義兄さんの助言に従っておこうぜ? 相手は酒のプロなんだ。な?」
「ふん、そんなこと君に改めて言われなくても分かっているわ! さっさとお水を寄こしなさい!!」
「かしこまりました」
 義弟のフォローの甲斐あって水を飲ませることには成功したが、鼻の頭まで真っ赤にして凄んでくるエウルアに、きっと彼女は明日このことを綺麗さっぱり忘れているだろうなとディルックは内心肩を落とした。
 グラスに注いだ水に口をつけるエウルアの隣では、同じく水の注がれたグラスを握りしめるだけで呑む気配のないウェンティが。
 ディルックが気に掛けるよう声をかければ、途端堰を切ったようにその瞳から大粒の涙がボロボロと零れてしまった。



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2023-10-11 公開



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