TREMOLO [ANNEX]

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酒は飲んでも飲まれるな



「だから今日はジンの仕事を手伝ってたんだって」
「その言葉を鵜吞みにできる程君が誠実であればよかったわね」
「おっと……こいつは手厳しい……、! おぉ? こいつは珍しい」
「ちょっと。まだ話は終わってないわよ? って、どうして彼が此処に居るの?」
 何やら言い合いをしながら酒場に入ってきたのは西風騎士団の隊長格二人、ガイアとエウルアだ。
 二人は見つけた姿に言い合いを止めて驚きの表情を見せ、そのままカウンターへと足を進めると机に突っ伏して愚図っているウェンティを挟むように席に着いた。
「よう、ディルック。午後の死を一杯頼む」
「私も同じのを頂戴」
「……君達、酒を呑みに来たなら他の席も空いているだろう?」
 ガイアとエウルアはいつもと変わらぬ様子で酒を注文する。その手がウェンティの頭にのせられていなければ本当にいつも通り過ぎて二人にはウェンティの姿が見えていないのでは? と疑いたくなるレベルだ。
 ディルックは他にも空いている席は多くあると暗に二人に移動を願い出る。それは二人にウェンティの正体がばれる危険性を危惧しての事ではない。そもそも二人は既に知っているから気にする必要もない。
 だが、いくらウェンティの正体を隠す必要がない相手とは言え、酔っ払いが3人に増えると自身の手が回らなくなる事は明白だった。
 ディルックは穏便に事を済ませたい一心でガイアとエウルアを促すのだが、何やら面白そうな雰囲気を察した二人が大人しく言うことを聞くわけがなかった。
「あら。アカツキワイナリーの貴公子様ともあろう者が、まさか間男に成り下がってしまったの?」
「ま、『間男』……、ローレンス家の一員とは思えない言葉だな。仮にも令嬢であるならば俗っぽい言葉は控えるべきだ」
「やだ。そんなにムキになるってことは、まさか事実なの? 仕事を優先したいと数多のご令嬢からの求婚を断ってきたのは実はそういう理由だったなんて驚きだわ」
「……ガイア、君の同僚は今日は随分饒舌じゃないか。一体此処で何軒目なんだ?」
 ニコニコと笑みを浮かべ、ディルックとウェンティの仲を勘ぐってくるエウルア。確かに彼女はいつも言いたいことをはっきりと伝えてくるのだが、今日は随分俗っぽい絡み方をしてきている。
 饒舌さと頬の高揚具合からおそらく既にどこかで吞んできた後なのだろうと判断したディルックは、彼女に比べ全く酔った様子のない義弟に視線を向けた。
 その視線は『問いただす』というよりもむしろ『助けろ』と言わんばかりで、ガイアは肩を竦ませ「俺は一件目。エウルアは二件目だ」と察しの通り既に彼女は出来上がっていることを教えてやった。
「今日は呑みたい気分だって誘われたんだが、ジンの仕事を手伝っていたら予定よりも随分待たせてしまってな。キャッツテールに迎えに行ったときにはご機嫌なものだったよ」
「そんな状態でどうしてうちに連れて来たんだ」
「なんだよ。俺に呑まずに帰れって言うのか? 随分冷たいことを言うんだな、義兄さんは」
 まださめざめとカウンターに突っ伏して泣いているウェンティ。そんなウェンティの頭をよしよしと撫でまわして「嫌なことは呑んで忘れなさい。私が許すわ!」と絡むエウルア。
 ディルックが頭を抱えて酒場ではなく帰宅させるべきだったろうとため息を付けば、ガイアはムッとした表情を見せた。仕事終わりにエンジェルズシェアで一杯呑んで帰る。それが日々の楽しみだと知っているくせにそれをするなと言っているのか? と。
 不機嫌になった義弟に、そうじゃないと慌てて弁解するディルック。彼女を送り届けてから来ればよかっただろう。と。
「それが通用すると思ってるのか?」
「……思っていない。はぁ……、頼むから今日は君は酔わないでくれ。『彼』の逆鱗に触れて面倒事に巻き込まれるのはガイアも嫌だろう?」
「なるほど。なんで此処に居るのかと思えば、『実家』に帰って来たってわけか。原因は? どうせただの痴話喧嘩だろう?」
 理解できたと笑うガイアはウェンティのつむじを指で突いてちょっかいをかける。勿論その手はすぐに義兄によって止められるのだが、聡明な彼はウェンティが酔い潰れて泣いている理由もディルックが疲弊している理由もそれとなく察してくれたようだ。



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2023-10-10 公開



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