TREMOLO [ANNEX]

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酒は飲んでも飲まれるな



「……ディルック」
「なんでしょう?」
「おかわりちょうだい」
 考えれば考える程、嫌な想像ばかり浮かんでくる。
 自力ではどうしても消せないそれを酒の力を借りて有耶無耶にしてしまおうと考えるウェンティ。差し出した空のグラスにディルックが返すのはため息で、おそらくこれ以上の飲酒を止める言葉が続くだろうと想定できたウェンティは「いいから!」とカウンターに乱暴にグラスを置いた。
「呑まなきゃやってられないの!」
「お気持ちは理解できますが、既にかなりの量を飲まれています。せめて一旦チェイサーを挟まれてはいかがでしょうか?」
「そんなことしたらせっかくの酔いが冷めちゃうじゃない」
「そうですね。そのためにお勧めしてますから」
「……ディルックはモラクスの味方なんだね」
「僕は誰の味方でもありませんよ」
「嘘だ! さっきからモラクスの肩ばかり持ってるし、ボクの事なんかもう信仰する価値もないと思ってるんでしょ!?」
 喚いてカウンターに突っ伏して泣き出すウェンティに、見誤ったと頭を抱えるディルック。酔いが顔に出ないタイプということは分かっていたが、まさか既に此処まで酔っているとは思わなかった。と。
 恋人の真名を口にした時点でギョッとしたが、今まで自身の正体を匂わせる発言などしたことの無かったウェンティがそれを口にしたことに大層驚いた。
 ディルックは周囲に視線を向け、会話を聞いている者が居なかったかを判断する。幸いにも人が増えてきて賑わいを見せている店内。人々が此方を気に掛けている様子は無く、ホッと胸を撫でおろした。
「璃月での居場所がなくなったのに、もうモンドにもボクの居場所はないんだね……」
「どうしてそうなるんですか。モンドで貴方の居場所がないなど、絶対にあり得ないことだとご自身が一番ご存じでしょう? それに璃月での居場所もそうです」
「でも! でもぉ……」
 ぐすぐすと鼻を啜る音が聞こえてはディルックも心が痛くなる。
 ウェンティが心配していることなど、起こるわけがない。そう確信しているのは、鍾離がどれほど彼を大切にしているかディルックが知っているからだ。
 ウェンティが璃月に移り住む前、ここエンジェルズシェアで二人の姿を何度も見かけたことのあるディルックはその眼差しからも鍾離のウェンティに対する深い愛情を感じ取っていた。
 そしてこれはおそらくウェンティが知らないことだろうが、璃月に移住してからは鍾離から度々酒の注文を受けていた。きっと恋人が故郷の酒を恋しく思った時のための物だろう。
 注文書にはモンドの近況を尋ねる言葉も添えられていて、自国だけでなく彼の人は恋人の国も大切に思ってくれていると知り敬愛を抱いたものだ。
 そんな鍾離がこんな痴話喧嘩が原因でウェンティと別れを選ぶ事など万に一つもないだろう。ウェンティが愚痴た『用事』も、きっと言えない事情が何かあるだけの事。まぁ口論の際の暴言は確か眉を顰める物も多かったが、ウェンティの主観が入っていることを考慮するとニュアンスは少し違うかもしれない。
 大切な人との喧嘩は長引かせるものではないと身を持って知っているディルックは、璃月を飛び出してモンドに出戻ってきている場合じゃないとなんとか説得を試みる。
 しかし、酔いのせいか判断力が著しく低下しているウェンティは『嫌だ』と『帰らない』と頑なだ。酒を求めて涙声で喚かれては堪ったもんじゃない。オーナーが久しぶりに顔を見せた吟遊詩人を泣かせていると要らぬ興味を引いてしまっては失言をフォローすることが難しくなってしまう。
 根負けして酒を注いでしまうディルックは、どうしたものかと考えあぐねていた。



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2023-10-09 公開



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