「うぅ……どうしよぉ……」
「まずは家に帰って大人しく帰りを待った方が良いんじゃないでしょうか」
「それはそうなんだけどさぁ! 売り言葉に買い言葉って分かってても『ボクが悪かったよ』って素直に謝りたくないんだってばぁ!」
「だからってこのまま別れる気はないんでしょう?」
「無いよ! 当たり前でしょ!?」
「なら、家を飛び出してこんなところでくだを巻いてる場合じゃないのでは?」
「ディルックの意地悪! 正論って時に人を傷つけるんだからね!?」
モンド一と呼び声高い酒場エンジェルズシェアのカウンターに突っ伏して喚いているのは、今朝恋人と喧嘩をして璃月を飛び出したウェンティその人だ。
カウンター向かいには酒場のオーナーであるディルックが黙々とグラスを磨いてウェンティの愚痴に付き合っているのだが、喧嘩した勢いでモンドに帰って来たと言う話も5週目となればげんなりもするというものだろう。
最初こそ経緯はどうあれ敬愛する存在が傷ついている姿に憤りを感じたディルックだが、繰り返し聞かされてはそれも薄れてしまう。聞けば聞く程ただの痴話喧嘩だと思ったからだ。
自分に非があるとはいえ恋人からの心無い言葉に傷ついたとウェンティは愚痴り、悲しみを紛らわせるように酒を煽り、やがて悲しみに瞳を涙で潤ませ恋人を『バカ』と、『鈍感』と詰ってカウンターに突っ伏す。散々恋人を詰った後には『嫌われた』と、『別れたくない』と彼を想って落ち込み、現実逃避とばかりにまた酒を呑む。
そんなことを繰り返していれば酒場が仕事と終わりの人々で賑わう前に酔ってしまうのは仕方ない事だろう。
ディルックは他の客の相手はチャールズをはじめとする従業員に任せ、恋人の気持ちが離れてしまったと落ち込むウェンティの相手に注力した。彼が酔った勢いでその正体を口にしてしまわないようフォローする為に。
「分かってるよ。今回のことは、全部僕が悪いって。でも、でもだからってあんな言い方、ないよ」
「そうですね。でも、呑んだ酒は訪問先への手土産だったのでしょう? 出発当日にそれが台無しになったと知って先生もついカッとなってしまったんですよ」
「そういうの、昔はよくあったよ? でも、でも恋人になってからは初めてだもん……」
ウェンティの振る舞いに鍾離が怒ることは昔からあったことだ。だが、言った通り恋人になってからは感情任せに彼が怒ったことは一度もなかった。勿論怒ることが無かったと言うわけではないのだが、それでもあんな風に傷つける為だけの言葉を口にされることなど今までなかった。
ウェンティは今朝のやり取りを思い出し、胸が締め付けられる痛みを覚えた。
ディルックが言った通り、自分が盗み呑みした酒は大切な物だったのだろう。だが、『訪問先への手土産』にしては上等過ぎる品だった。それこそ、自分と飲むためのものだと勘違いしてしまうほど。
(ねぇモラクス、君は『誰』に会いに行ったの……?)
彼は『用事』と言った。つまり、『仕事』ではない。だが彼が手土産に選んだ高価な酒を呑むはずだった相手は、彼にとって『重要』な人物であることは間違いないだろう。しかし、相手は聞いても教えてもらえなかった。それは一体何故?
(浮気は絶対ないって、今朝までなら思えたのに……)
想像もしていなかった恋人の剣幕を思い出し、過る可能性は恐ろしいものだった。
昨日まで彼が愛しているのは自分だけだと確固とした自信があったウェンティは、それが今無くなってしまっていることに気付き、空になったグラスをぎゅっと握りしめた。