身体に残る倦怠感は、自分が犯した過ちをまざまざとウェンティに教えてくれる。
思い出すことができる恋人の笑顔に視界は歪み、溢れる涙は雫となってシーツに染みを残した。
大切な人を裏切ってしまった。その事実がウェンティの胸を押し潰す。
昨日までは当たり前だった自分に向けられる愛し気な笑い顔。それはもう見ることは叶わない。きっと彼は自分を許さないだろうから。
いや、そもそも彼の心には別の誰かがいるかもしれない。
嫌だと訴える心が思い出すのは、昨日の喧嘩。彼が『大切な用事』と言ってわざわざ高価な酒を用意した『誰か』は、今も彼の隣に居るのかもしれない。
ウェンティが味わうのは、絶望だ。
できることなら昨日に、いや、彼との喧嘩の原因となった酒を自分が隠れて呑んでしまう前日まで時間が戻って欲しいと切に願った。
しかし当然時間が戻るわけもなく、むしろ刻一刻と過ぎてゆく。
やがて断続的に聞こえていたシャワーの音が止み、バスルームには人の気配が。
まだ酒が残っているせいか、それとも己の過ちに対する動揺のせいか、冷静になれないウェンティは部屋を見渡し逃げ場所を探した。
だが、簡素な造りの部屋には隠れられるような場所は無く、ただ無常に時間が過ぎるだけ。
耳に届くドアの開閉音に、相手が―――おそらくミカがバスルームから出てきたことを知ったウェンティはどうしていいか分からず毛布を頭から被り、その身を恐怖に震わせた。
頭では、ベッドに蹲るだけで身を隠したつもりなのかと冷静な自分がせせら笑っているが、自分にはこれ以上の方法が思いつかなかった。
ベッドルームで恋人以外の誰かを見たくないとぎゅっと目を瞑るウェンティ。
近づいてくる足音に、心が乱される。何故なら、その足音が大好きな人のものと酷似していたから。
昨夜の過ちは、相手に恋人を重ねていたのかもしれない。こんなことを言ってもただの言い訳にしかならないが、自分の心は常に恋人にあったのだと分かって少し救われた気がした。
愛しているのは、鍾離だけ。たとえ昨晩他者に抱かれたとしても、きっと愛している相手は一瞬たりとも変わっていないはずだ。
それは何の慰めにもならないが、それでも今のウェンティにとっては唯一の光だった。
(ごめん、モラクス……、ごめんなさい……)
許して欲しいとは、言わない。でもどうかお願いだからこの気持ちだけは否定しないで……。
縋るように心の中で恋人を呼ぶウェンティ。
昨晩一夜を過ごした相手は、ベッドに腰を下ろしたのだろう。左側が大きく沈んだから。
恐ろしい。相手が本当にミカかどうかは分からないが、誰であってもただただ恐ろしい。
ミカであろうがなかろうが、相手など知りたくない。どうかこのまま部屋から出て行って欲しいとすら思ってしまうウェンティ。
恐怖と罪悪感にシーツを握る手に力が籠り、こみ上げてくる熱いモノに鼻の奥がツンとした。
堪えきれず鼻を啜ってしまったウェンティは、隣にいる誰かが動いたことを察して身体を強張らせた。
(やだっ、やだよ、モラクス、助けてっ……)
お願いだから、触らないで。
そう祈るウェンティ。だがそんなウェンティの耳に届いたのは、思ってもいない声だった。
「バルバトス、泣いているのか?」
(え……?)
毛布の上から肩に触れたのが誰かは分からない。でも、聞こえた声は確かに恋人のそれだった。
彼を求めるあまり自分の頭は相手の声を都合よく変換してしまったのだろうか?
そんな疑問を抱きながらも心は僅かな可能性を信じて縋りつく。どうか、どうか他の人じゃありませんように……。と。