TREMOLO [ANNEX]

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酒は飲んでも飲まれるな

17



 恐る恐る毛布から顔を覗かせるウェンティ。ゆっくりと己の背後へと視線を向ければ、そこには願った通りの姿があった。
 濡れた髪から水滴を滴らせてこちらを心配そうにのぞき込んでいるのは鍾離で、何故彼が此処に? という疑問よりも先に安堵の余りウェンティは情けない声で泣き出し、そのまま恋人にしがみ付くよう腕を伸ばした。
「どうした? 悪い夢でも見たのか?」
 幻でないと教えてくれる体温と匂い。不安に押し潰されそうだった心はただひたすらに彼を求め、力いっぱい抱きついた。
 鍾離はその様子に戸惑いを見せるもののウェンティを優しく抱き留め、自分が傍に居るから大丈夫だと幼子をあやす様にその背をポンポンと叩いてやった。
「もらくすっ、もらくすぅ……」
「よほど悪い夢を見たようだな。……お前のこんな姿は初めて見るぞ」
「だって、だってぇぇ……」
 ぎゅっと抱き着く自分を『仕方のない奴だ』と言わんばかりに笑いながら抱きしめてくれる鍾離。
 昨日までとなんら変わらない恋人に、ウェンティは大好きだと涙ながらに伝えた。誰よりも何よりも鍾離が好きで、大好きで堪らない。と、何度も何度も。
「俺も愛してる。俺にはお前しかいない、バルバトス」
「ボクもっ、ボクもモラクスだけっ。ずっとずっと、モラクスだけだよっ」
「当たり前だ。そうでなければ、俺は相手を地の果てまで探しに行く羽目になる」
 くすくすと笑いながら髪にキスをくれる鍾離は、どうか嫉妬に狂って殺戮を繰り返す男にしないでくれと涙を零す瞳を覗き込んできた。
 ウェンティが返すのは、嗚咽交じりの泣き声だ。
「本当にどうしたんだ? 夢見が悪かったとはいえお前らしくないぞ?」
「だってっ、だってぇ……」
 泣き止む気配のないウェンティに、鍾離の表情に滲むのは不安だ。
 一体何がそんな風に涙させているのだと問いかけてくる彼に、ウェンティは表情を歪めながらも全てを話した。
 喧嘩した後、思考はどんどん悪い方へと傾いて、それを忘れるために何度も酒を煽った事。
 そして記憶が定かではなくなる程泥酔し、今目覚めるまでの記憶が無かった事。
 目覚めて己の身体に残る数々の痕に、自分は鍾離を裏切ってしまったのだと後悔と恐怖に苛まれていた事。
 それらを全て洗いざらい話した。そして、自分を抱いたのは『誰か』ではなく『愛しい恋人』だった事実に安堵し、どうしても涙を止めることができない。と。
「なるほど、そういう事か……」
「ごめっ、モラクス、ごめんなさいっ。ごめんなさいぃ……」
「分かったから、謝るな。……俺の方こそすまなかった。お前を傷つける言葉を吐いたことを心から謝罪する」
「ちがっ、ボクの方がっ、ボクが、お酒呑んだから、モラクスが大切な人と飲むお酒だったのに、ボクが、ボクが……」
「誤解してくれるな。俺にとって大切なのはお前だけだ。愛しているのも、お前だけだバルバトス。……お前の代わりなど何処にもいない」
 優しい抱擁に涙が止まるわけがない。
 ウェンティは鍾離にしがみ付き、また声を出して泣いた。自分だけだと信じていいのかと、縋る想いで。
 鍾離から返されるのは当たり前だろうと言う声で、昨日のらしくない振る舞いを弁解させて欲しいと抱きしめる腕に力が込められた。
「頼むから、俺が愛しているのはお前だけだという事は忘れないでくれ。……お前を失うかもしれないと焦燥したからこそ俺は今此処に居るんだ」
 そうだ。鍾離は『大切な存在』と『約束』があったはず。そのために上等な酒を用意し、この日を待っていたはずだった。
 それなのに、彼はそれを放って今自分の傍に居る。その理由を考えれば、言葉以上に彼の想いが伝わってきた。
 ウェンティは濡れた睫毛で瞬きを繰り返し、声を震わせながらも鍾離を信じると応え、彼に抱きついた。



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2023-10-27 公開



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