「昨日、俺は旧友と交わした『約束』を果たしに行くつもりだったんだ」
「! そ、だったんだ……」
涙で濡れた頬に触れるぬくもり。ウェンティは自分を見つめる愛おしむ眼差しに戸惑いを覚えた。
彼が自分を愛していることは分かった。でも、何故今『約束を果たす』必要があるのだろう?
鍾離の友人達――旧知の仙人達とは既に面識がある。彼らは自分が番だと知っている。それなのに、どうして改めて『胸を焦がす出会いだった』と報告する必要があるのだろう?
まさか、そう思ってくれたのは極最近の事なのだろうか?
次々と頭に浮かぶ疑問。そして、彼が用意していた酒も不可解だった。鍾離の友人達は、とりわけ酒を好む性質ではなかったはずだ。
分からないことが多すぎて、それが顔に出てしまったのだろう。鍾離は瞳を細め微笑むと「思うことがあるなら口にしろ」と疑問を内に留める必要はないと促してきた。
不安に思うことがあるならその全てを取り除くよう真実を伝えると約束してくれる鍾離に、ウェンティは浮かんだ疑問を全て口にした。
分からないことへの恐れからか、尋ねる言葉はたどたどしいものだった。だが、鍾離はその言葉全てをちゃんと拾い上げてくれる。そしてそれらすべてに『答え』をくれた。
「俺が『約束』を交わした相手は、既に没している。名は帰終、かつて塵の魔神ハーゲントゥスとも呼ばれた者だ」
「『帰終』……、それって歌塵浪市真君の話に偶に出てくる人だよね……?」
「そうだ。彼女は俺にとって良き友であり、理解者でもあった。民を愛し、民のために生きた彼女は民を守る為に尽力し、魔神戦争で命を落とした」
「うん。それは歌塵浪市真君から聞いたことがあるよ」
優しさを称える彼の表情に、過去を思い出しているのだろうことが分かる。
ウェンティは僅かに胸が苦しくなるのを感じ、眉を下げた。鍾離にとって――いや、鍾離や歌塵浪市真君らにとってかけがえのない存在だった事はなんとなく想定していたことだが、今の彼の表情を見るに、故人を懐かしむと言うだけではない気がしたからだ。
鍾離が想いを向けているのは自分だと理解しているはずなのに、顔を出すのは醜い嫉妬。他の誰かを想いそんな顔をしないで欲しい。なんて、酷い我侭だ。
自分の独占欲にショックを受けるウェンティは視線を下げ、彼に気付かれることを恐れた。しかし、頬に触れる手は上を向くことを促してきて、どうやら全部バレているようだ。
「誤解してくれるなと言っただろう?」
「分かってるけど、でも――、でも、分かっててもヤキモチは妬いちゃうよ……」
「そうだな。俺もお前に近づく者全てを疎ましく思うから、その心は理解できる。だが、俺の心は疑ってくれるなよ?」
「それは、大丈夫。モラクスにはボクだけだ、だよね……?」
「頼りない言い方をせず言い切ってくれ」
苦笑を漏らす鍾離から齎されるのは鼻先への口づけ。チュッと音を立てて離れるそれに半べそをかいて彼を見つめれば、今度は唇に同じものが落ちて来た。
「ほら、言ってみろ」
「うぅ……」
「唸るな唸るな」
「モラクスには、ボクだけっ」
「それでいい」
こみ上げてくる愛おしさに耐えて唇を一文字に結ぶウェンティ。鍾離はそんな恋人を愛おしそうに見つめ、「そしてお前は俺のモノだ」と笑った。