夜明けを待って璃月に帰る予定だった。しかし愛し合うことに夢中になっていた二人が宿を後にしたのは、陽が傾きもう間もなく夜が訪れると言う頃だった。
てっきりもう一泊するのだろうと思っていた宿の店主からはチェックアウトを伝えた際に驚いた表情を貰ったが、酒場に顔を出してからモンド城を発つとそれらしい言葉で弁解すれば、納得した顔で送り出された。
どうやら昨晩は大いに盛り上がったのだろう。昨日となんら変わらぬ街並みを歩くウェンティは珍しく恋人の腕に抱き着いていて、それにご満悦なのか機嫌の良さそうな鍾離は自身の番の身体を気遣ってゆっくりとした足取りで歩を進めていた。
「此処は昔と変わらず賑やかな街だな」
「そりゃ唄と笑い声がないとお酒は美味しくなくなるからね」
「なるほど。一理あるな」
璃月とは違った賑やかさだと言った鍾離の言葉に同意しつつも、煩いとか思ってないよね? と恋人を見上げるウェンティ。
穿った捉え方をするなと彼は笑い、民が元気な良い国だと隣国を評価する。
璃月に移り住もうとも、ウェンティにとってモンドはやはり特別な場所。そんな場所を大好きな恋人が誉めてくれれば気分は良い。だよね! とご機嫌な様子で命を育む人々に視線を移した。
すると、視界に入るのは記憶に新しい男性の姿。ガイアだった。彼の後ろには数人の騎士の姿もあり、おそらく西風騎士団の公務中なのだろう。
声をかけようか迷っていれば、こちらに気付いただろう様子が見て取れた。
ガイアは後ろを振り返ると何やら他の騎士と言葉を交わし、それが終わると他の騎士達はウェンティ達に一度視線を向けてくるも会釈をしてそのまま別の方向へと歩いて行ってしまった。
踵を返して鍾離とウェンティのもとに向かってくるのはガイアだけ。彼は満面の笑みを浮かべ、「随分顔色が良くなりましたね」と対外の仮面をつけて喋りかけてきた。
ここは街中であり、彼は今西風騎士団の公務中。ウェンティはともかく、鍾離は明らかに異国の風貌を纏っているため、砕けた口調で話すわけにはいかないのだろう。
それは理解しているのだが、それでも不満を覚えてしまうのは仕方ない。
不機嫌を顔に出すウェンティに、ガイアは苦笑いを浮かべる。彼は何も言わず視線を鍾離へと移すと姿勢を正し、一礼して見せた。
鍾離はそれに応えるように頭を下げ挨拶を交わす。だがそれはモンドを訪れた旅行者としてではなく、番を迎えに来た伴侶としてだった。
「ガイア殿――いや、公務中はアルベリヒ殿と呼んだ方が適切かな?」
「お気遣い感謝します、鍾離先生。ですが今は過去の姓は名乗っていないので名で呼んでいただければと思います」
「承知した。では、ガイア殿。昨晩は我が伴侶共々大層世話になった。君と君の義兄君への感謝の意は到底言葉では表すことができないものだが、改めて礼を言わせて欲しい」
「いえ、私は何も。……義兄も私も、神の加護に救われた過去があるので、風神への信仰心が強いだけです」
頭を下げるガイアは人の良い笑顔を浮かべ、「モンドの民が悲しむことは、風神が悲しむこと。それを見過ごす振る舞いは本意ではありませんので」とウェンティを見た。
他が聞けば、『流石西風騎士団の騎兵隊隊長。素晴らしい信仰心だ!』と称賛されることだろう。しかし、風神その人であるウェンティには嫌味にしか聞こえない。
ウェンティは先よりもずっと機嫌を損ねたと示すように頬を膨らませ、「本当にごめんね!?」と、反省しているから苛めないでもらいたいと眼差しで訴えた。
「確かにウェンティ殿は暫く禁酒された方が良いかもですね。ここだけの話、義兄は随分疲弊していましたから」
「うっ……、だから、ごめんってば……」
「はは。冗談ですよ。……お二人はこれからモンドを発たれるおつもりですか?」
「ああ。これから君の兄君に礼を伝え、その足で璃月に向かう」
肩を落として落ち込んでいるウェンティの頭に手を乗せる鍾離は恋人を励ますように帽子の上から撫で、穏やかな笑みをガイアに向けた。
ガイアはそれに少し困ったような笑みを浮かべつつ、彼らが向かう場所に目的の人物がいないことを告げた。
なんでもディルックは本来昨日はエンジェルズシェアに立つ予定ではなかったらしい。偶々店に用事があり顔を見せた際にウェンティに掴まり、その様子から放置もできず結局他の仕事を全てキャンセルして一日彼の愚痴に付き合っていたとのこと。
そして今日はそのしわ寄せに奔走しているらしいから、ウェンティの肩身はどんどん狭くなる。