「ああ、今日持っていこうと用意していた物が見当たらなくてな」
「大変じゃない! ボクも一緒に探すよ!」
「本当にすまない。昨夜きちんと確認しておけばよかった」
「そんな顔しないでよ。大したことじゃないんだし。ね? それで、何を探せばいいの?」
迷惑をかけてしまうことに落ち込んだ様子の鍾離。その姿に、こんなの迷惑の内にも入らないのにと内心笑いながらも探し物を尋ねた。
すると鍾離の口から出たのは「老酒だ」と苦笑交じりに探している物の正体を教えてくれる。
ウェンティは「老酒?」と聞き馴染みが無いと言わんばかりに首を傾げて見せる。お酒だと言うことは分かっているのだが、一言に老酒と言っても様々な種類があったからだ。
出かける際に持っていこうとしているものであれば、おそらく手土産か何かだろう。
そして鍾離が手土産に安酒を携えるタイプではないことから、それなりに高級なものだろうとあたりをつけるウェンティ。
だがその時、思い出した。
ほんの一週間ほど前、棚に隠すように置かれた酒瓶を見つけたことを。そしてそれはきっと自分達が呑むために買ったものだろうと思い込んでこっそり一人で呑んでしまっていたことを。
「あ、あの、モラクス」
「なんだ?」
「それって、赤地に黄金色の箔が押されたラベルだったりする……?」
恐る恐る尋ねてみれば鍾離の表情は驚きに変わり、そして良く分かったなと破顔した。
(やっちゃったぁ……)
流石酒好きだと笑いながら頭を撫でてくる鍾離。ウェンティは気が遠くなる感覚を覚えながらも両手で顔を覆い「ごめん……」と謝った。
謝罪の言葉にそれまで頭を撫でていた手が止まる。空気が一瞬で凍り付いたと思ったのは気のせいではないだろう。
聡明な恋人のことだ。きっと全てを察したに違いない。
ウェンティは今すぐ逃げ出したいと思いながらもおもむろに顔を上げる。視界に入ったのは、眉間に皺を寄せた鍾離の姿だった。
「バルバトス。まさかとは思うが、盗み飲みしたのか?」
「ご、ごめん……」
明らかに声に怒気が含まれており、ウェンティは過去を思い出して身を小さくして震えていた。
鍾離は怒ったら本当に怖い。彼がその気になればこの磐石な大地を変形させてしまうほどの力を持っており、ウェンティはそんな彼を過去何度も怒らせて他国の地形を僅かとはいえ変形させたこともあったからだ。
何とかして怒りを治めてもらわないとと思いながらも、悪いのは自分だ。どんな言葉を並べようとも、全て言い訳でしかない。そもそも勘違いをして大切な手土産を飲み干してしまった事に言い訳の仕様もないのだが。
突き刺さる視線は冷ややかなもので、縮こまって謝るウェンティの声は怯えのあまり震えていた。
「はぁ……」
永遠とも思えた沈黙は鍾離の盛大な溜め息によって破られた。きっとこの後盛大な怒声が続くのだろうと身構えるウェンティ。
しかし、続いたのは怒声ではなく、脱力したような声で―――。
「謝らなくていい」
「え……? で、でも―――」
「お前が酒に対しては意地汚いと知りながら家に置いておいた俺のせいだな」
やれやれと言わんばかりに肩を落としている鍾離の姿は怒りではなく疲れが滲んでいる。
その姿に、怒られなくてラッキー。と、昔なら思っていただろう。
だがしかし、恋人から信頼するべきではなかったと言いたげな言葉をかけられて呑気に喜べるわけがない。
たとえ自分が全面的に悪かったとしても、あまりにも酷い言葉だとウェンティは顔を顰めた。