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ディルックが手配した宿は酒場からほど近い場所に建っていた。おそらく酔っぱらった旅行客が良く使うのだろう立地の良さに、改めて彼が仕事のできる男だと思わされる。
腕に抱いたウェンティは時折愚図るように唸っては涙を零し、自分の名を辛そうな表情で呼んではまた静かになるを繰り返していた。
あの飄々とした自由人が酔い潰れているとはいえこんな風になるなんて思いもしなかった鍾離は、はやくその涙を拭ってやりたいと歩みを速めた。
(俺が悪いと分かっている。分かっているが、バルバトスから香る他者の匂いはこうも不快なものなのか)
今まで意識したことなど無かったが、『人』よりも優れた嗅覚が疎ましい。
ウェンティが身を捩る度、鍾離の鼻腔を擽るのは愛しい香りと、それに混ざる雄の匂い。
これがディルックやガイア、エウルアのものであれば鍾離だって気にしなかっただろう。
だがその三者ではなく、ウェンティに明確な好意を抱いている青年ミカのものだから、どうにも気が昂ってしまう。
匂いが移るほど番の近くに番を狙う雄が居たのかと思うと、鍾離は気が狂いそうだった。
「! いらっしゃいませ。ディルック様からのご紹介でよろしかったでしょうか?」
「ああ、事前の連絡も無しに申し訳ない」
「いえいえ。エンジェルズシェアのお酒はテイワット一ですから、つい飲み過ぎてしまわれるのも無理はありません」
宿に入るや否や受付の男が駆け寄ってきて部屋に案内すると言ってくる。手続きは良いのかと尋ねれば、それら全てディルックが代わりに済ませていると聞かされた。彼は何処まで仕事のできる男なのだろうか。
鍾離がこの場に居ない男性に感謝を覚えていれば、程なくして用意された部屋に通された。二日酔いに聞くお茶が用意されていると言葉を残し立ち去る従業員。やはり呑み潰れた者の利用が多いようだ。
鍾離はベッドにウェンティを横にすると、その目尻を濡らす涙を拭うよう手を添えた。
「もらくすっ、やだっ……いかないでぇ……」
「大丈夫だ。俺は何処にも行かないから安心しろ」
おそらく悪夢を見ているのだろう。
ウェンティの眉間には皺が刻まれ、苦し気な表情でうわ言が零される。
鍾離はそれに心を痛め、できることなら過去の自分を殴りたいとすら思った。
いかなる理由があろうとも、あのような言い合いをするべきではなかった。確かに用意した酒を盗み飲みしたことはいただけないが、だからと言ってあの時の自分の態度が適切だったとは思えないからだ。
『バルバトスのため』と大義名分を掲げて何も伝えていなかったのは、自分のエゴだ。何も知らされていないウェンティからすれば、不信感を覚えて当然だっただろう。
思い返せば思い返すほど、自分がいかに身勝手だったかを痛感する鍾離。
できることなら、今すぐこの愛おしい存在に許しを乞いたい。何があろうと傍に居ると、安心させてやりたい。
だが、愛おしい存在の意識は夢の中に留まったまま。無防備な姿で眠りこけるその姿に、鍾離は早く目を覚ませと唇を重ねた。
(また、この匂いか)
啄むように番の唇を愛撫すれば、番とは違う匂いが鼻に届いた。
他の雄の劣情を彷彿とさせるその匂いに、もし自分が迎えに来ていなければどうなっていただろうと恐ろしい可能性が頭を過る。
今ベッドで眠っている番は、おそらく朝まで目を覚ますことは無いだろう。抱きかかえても起きなかったぐらい深い眠りに落ちている姿に、他の雄がその体躯に触れる様を想像してしまった。
自分しか知らない体躯を他の雄が暴く様は、怒りを通り越して吐き気すら覚える。
鍾離は『早く目覚めろ』と苛立ちを募らせた。
この匂いを―――他の雄の気配を消し去りたい。自分の匂いで番を満たしたい。
(だから早く起きろ、バルバトス)