「泣くな。……お前に泣かれると、どうしていいか分からなくなる」
そう言って困ったように笑うモラクスはボクをぎゅっと抱きしめてくる。
いつもみたいに能天気に笑っていろと酷い言葉が続いたけれど、これが不器用な彼の慰めだということは付き合いが長いから分かっていた。
だからボクはモラクスが望む通り「デリカシーがない!」って涙声で反論するんだ。
「そんな事、今更だろうが。俺はお前に対して我慢する気は一切ないんだぞ? 配慮してお前を逃がすくらいなら多少なりとも強引な手法で逃がさぬようするに決まっているだろうが」
「横暴帝君!」
「それぐらいしなければ俺の想いを疑うのは何処の誰だ」
「うっ……」
今回もそうだろうが。と、言われてしまえば言い返せない。
モラクスは『番になって欲しい』とは言ったけど、『雌になって子を産んで欲しい』とは一言も言っていない。
それなのにボクは絶対そうだと決めつけ、勘違いしてモラクスからのプロポーズを拒否して怒って実家に帰った大馬鹿者だった。
(……ん? ひょっとしてボク、やっちゃダメな事、しちゃった……?)
改めて思い返して、青褪める。
誕生日に合わせて最高のシチュエーションとムードを演出してくれた恋人からの求愛を拒否してしまったということは、もしかするとボクはもうモラクスのお嫁さんになれないかもしれない。
別に恋人という関係が嫌だと言うわけじゃない。むしろボクはきっとこの先もずっとそうなんだろうって思っていたから。
でも、子供を産むため以外に伴侶になれるのなら、ボクだって恋人ではなく彼の伴侶になりたいと思ってしまった。
それなのに、そのチャンスをボク自身がダメにしてしまった。
もう一度プロポーズをして欲しいとお願いしてもいいものか。
それとも、今度はボクからそれを申し込むべきか。
ぐるぐると考え込んでいるボクは、きっと無意識に唸り声をあげてしまっていたのだろう。「バルバトス」と、ボクを呼ぶモラクスの声が頭上から聞こえたから。
「な、なに……?」
考えがまとまっていないから、おいそれと口を開けない。
でも、呼ばれた声に無性に恋しさが募って顔をあげれば、苦笑いを浮かべるモラクスがボクを見下ろしていた。
なんでそんな顔して笑ってるの? もしかして、呆れてる?
不安ってやつはマイナス思考を呼び寄せてくれて本当に厄介だ。
しかしそんなボクのほっぺたをモラクスはまた撫でるように手を添えてきて、身をかがめ、チュッと優しいキスをくれた。
「お前の誤解は解けたと理解しているが、間違いないか?」
「うん。……あの、酷いこと言って本当にごめ―――」
「謝るな。想いを伝える言葉が少なかった俺が悪い」
浴びせた暴言を謝ろうとしたのに、またチュッとキスが落ちてきて、謝罪の言葉が遮られてしまった。
訴えるように――縋るようにモラクスを見つめれば、切れ長な目が細められ、目尻が下がった。
想いを乗せた微笑みに、ボクの心はまるで恋する町娘のようにドキドキと煩いぐらいに高鳴っていた。
「バルバトス。……我が最愛よ、どうか今一度求愛することを許して欲しい」
頬を撫でる優しい手と愛しみに満ちた眼差しで求められる許可。
ボクはただ無言で頷くことしかできなかった。