TREMOLO [ANNEX]

ゆらゆらぎが運営する同人系個人サイト

婚姻の儀

10



「すみません、その―――、お二人があまりにも仲がよろしいのでつい微笑ましくて」
「君の笑顔を見れたことは喜ばしいけど、その含みが引っかかるね?」
 能面を張り付けていたように無表情でカウンターに立っていた頃が嘘のようにディルックは笑っている。それはそれは、笑顔の大安売りかというぐらいに。
 全てが終わるまで孤高を貫いた青年の生き方は痛々しく、守るべき者のためならば命すら差し出しかねないその様にウェンティが心を痛めたことは一度や二度じゃない。瀕死の重傷を負ってもなお剣を手に取り戦い続けたその背中に、どうか彼の旅の終焉には穏やかな日常をと願ってやまなかった。
 そんな彼が今目の前で笑っている。それはそれは楽し気に。
 ウェンティは彼の後ろで必死に笑いを堪えている彼の義弟に視線を向け、二人の笑顔に胸が熱くなってしまう。
「以前の貴方は掴みどころのない吟遊詩人さながらでしたから。それなのにパートナーにはそれが嘘のように素直でいらっしゃる」
「ボクはいつだって素直ですけど?」
「お酒に関しては、そうでしたね」
「ディルック? その認識は酷くない? ガイアも笑い過ぎだからね!」
 咳払いをして笑いを誤魔化そうとしているのだろうが、手遅れだ。
 ウェンティは形だけの不機嫌を装い、お酒を頂戴! と空になったグラスを尚も笑うディルックに押し付けた。
「ウェンティ」
「何? こんなの呑まなきゃやってられないよ!?」
「分かった分かった。すまないが度数の低い酒を一杯頼む」
「畏まりました。鍾離先生はいかがなさいますか?」
「俺はこれを見ていないといけないからノンアルコールで何か頼めるかな?」
「かしこまりました」
「それとあと、オーナーとサブオーナーの好きなものを」
「! 恐れ入ります。それではお言葉に甘えてワインと午後の死を一杯いただいてもよろしいでしょうか?」
「ああ。もちろん」
 一礼し飲み物を準備する為にカウンターを後にするディルックは去り際に義弟に『お客様』の相手を言いつける。
 ガイアは少し困ったような表情を見せるも素直に聞き入れ、笑顔でウェンティと鍾離の前に立った。
「オーナーだけでなく私にまでありがとうございます」
「仕事中だって分かってるけど、その口調、本当に違和感しかないんだけど」
「申し訳ありません。今日は御覧の通り他のお客様も多くいらっしゃるため、ご了承いただけませんか?」
「でもさっきディルックも言ってたでしょ? 『客の相手をするのもバーテンダーの仕事だ』って」
 オーナーの命令だよ? と頬杖をついてガイアに視線を向けるウェンティ。それに彼は困ったような笑顔を見せるのだが、無言で視線を送り続けていれば居心地が悪くなったのか耐え兼ねて「分かったよ」と脱力して見せた。
 粘り勝ちだとウェンティは笑う。笑いながら、昔から人の良い彼が折れることは分かっていたことだと内心思う。
 胡散臭さを身に纏い悪者ぶっていても、人の本質は変わらない。彼は昔からとても優しく思いやりのある青年だったから。
「ったく、物好きな奴だな」
「そう? ボクは作られた物よりもありのままの存在が好きなだけだけど?」
 苦笑交じりにカウンターに両手を突いて「お節介な神様だな」と声を潜めるガイア。
 それは明らかな挑発だったが、昔の彼さながらな姿にウェンティは彼に顔を近づけるように身を乗り出すと、
「風神らしく民の幸せを願っているだけだよ?」
 と不敵に笑って見せた。
 ガイア的には噛みついたつもりだったが、上手く躱されてしまったようだ。だが、軽口で負けるものかと彼が応戦しようとした時、自身の顔とウェンティの顔の間に大きな手が割って入り、そのまま少年の顔面を掴むと青年から引き離してゆく。
 手の主はもちろん鍾離その人で、満面の笑顔で「連れが無礼を」と謝ってくる姿にゾクリと寒気を覚えるガイアだった。



 | 


2023-08-15 公開



Page Top