TREMOLO [ANNEX]

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婚姻の儀

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 もしかしなくとも嫉妬されているのだろう。
 ガイアは苦笑を漏らし、「いえいえ」と両手を見せて『降参ポーズ』を鍾離に見せる。そんな威嚇されずともちょっかいをかけるつもりなど微塵もない。そう伝えるために。
「ちょっと! 痛いってば!」
 和やかな雰囲気から一転緊張感を覚える二人のやり取りに、自分の顔を覆っていた鍾離の手を強引に引きはがしたウェンティは唸り声をあげる。
 恋人が纏う風から感じるのは明らかな嫉妬。それはとても可愛くて嬉しいのだが、誰彼構わずその感情を剝き出しにするのは鍾離のためにならない。彼は『常に冷静で聡明な賢人』なのだから。
 ウェンティは恋人を見上げ人差し指をずいっとその眼前に掲げると「ボクってそんなに信用ないわけ?」と鍾離を窘めた。
「信頼云々の話じゃない。見ていて気持ちの良いモノじゃないから止めただけだ」
 幸いなことに、心変わりの心配は微塵もしていない。だが、たとえ軽口の応酬だとしても近い距離に他者がいる様を見るのはどうにも我慢ならない。
 不機嫌とまではいかなくとも表情を強張らせている鍾離に、ガイアは苦笑を濃くした。
「はは。随分と愛されてるじゃないか」
 二人の仲睦まじさは隣国からの噂で聞き入っていたが、思っていたよりもずっとその仲は深そうだ。
 ガイアは自国の神だった存在に軽口を投げるも、返ってくるのは少年の声ではなく嫉妬深い男性の声。彼は見せつけるように恋人を抱きしめ、「そうだな」とガイアの言葉を肯定した。
「これが俺以外と戯れる姿を見るのも腹立たしい程度には愛しているな」
「!! ―――っ鍾離先生っ」
 人目を気にせぬスキンシップのせいで先程酔っ払いに絡まれたことを忘れたのか。
 胸に埋められた顔を上げるウェンティは「こういうのは二人きりの時にしてよね!」と怒りを露わにする。
 怒りは思考を鈍らせるとよく言われているが、どうやらそれは真実のようだ。ウェンティは自身が口にした言葉が単なる惚気の類だと気づいていないのだから。
「ご馳走様。もう腹は一杯だから追加の惚気は要らないぞ?」
「惚気てなんかないでしょ」
「いやいや、十分惚気だからな? 今日は結婚式もあったから朝からずっと誰かの惚気を聞いてばかりだ」
 幸せな人々の笑顔を見るのは好きだ。だが、入れ替わり立ち替わりそれを聞かされ続けていては胸焼けを覚えてしまうというものだ。モンドの民の新たな門出を祝うために今日は早朝から店を開けていたガイアは、漸く取れた遅めの昼休憩から戻ってきてみれば本日最大の惚気を喰らって満腹だと腹を擦って見せた。
「ああ! 結婚式! だから街中で音楽が聞こえていたんだね」
「そうだぞ、吟遊詩人様。璃月に移って忘れちまったか?」
「忘れてないってば! でも、そっかそっか。この大盛況はお祝いでもあるんだね」
「そういうことだ。おかげでこっちは騎士団の仕事が終わってそのまま此処に駆り出されてるってわけさ」
 商機は逃すべきじゃないと日の出前には義兄に叩き起こされたと首を回すガイアは、「人使いが荒いんだよ、あいつは」とバックヤードで酒の準備をしているだろうディルックの傲慢さを愚痴た。
「いいじゃない。頼りにされている証拠じゃないか」
「そう言われれば聞こえはいいがなぁ」
「家族なんだから家業を手伝うのは当然だろう?」
「! だーかーらっ! 気配を殺して立つなって言ってるだろうがっ!!」
 悪態を吐いていたガイアは驚きに飛びあがり、威嚇する。まるで猫のようなその姿に、ウェンティは声を出して笑った。
「お待たせしました。蒲公英酒の林檎ジュース割と今期摘みたての茶葉を使用した紅茶をご用意させていただきました」
 ディルックがコースターに置くのは淡い青みがかったグラスと青い陶磁器製のコップ。ウェンティはモンドを想う彼の心が良く分かると笑みを浮かべ、自分の分に手を伸ばした。
 いつもなら、すぐにでもグラスに口をつけて酒を楽しんだだろう。だが今日は誰かの結婚式。ウェンティは手にしたグラスをライトに掲げ、その美しい光沢に目を細めた。



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2023-08-16 公開



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