「あはは。ごめんね、ガイア。冗談が過ぎたね? ほら、ディルックも鍾離先生も怖い顔しないの」
「悪ふざけを始めたのはお前だろうが」
ガイアを威嚇している恋人の頬を突っつくウェンティ。鍾離はその指を掴んで止め、その指先にがぶりとかみついて来た。
うっすらとではあるが歯形が残るほどの力で噛みつかれたウェンティは当然痛いと声を上げるのだが、恋人からは謝罪の言葉は返ってこない。
(もう! モラクスって本当、嫉妬深いんだから!)
噛み痕の残る手を擦りながらも非難の声を上げないのはこれが恋人の意思表示であると知っているから。『自分のモノだ』と主張するためのマーキング行為に、『龍とはかくも執着が強い種族だ』と盟友―――トワリンが言っていたのを思い出す。
自身の器に残る他人の痕に視線を落とすウェンティは、(こんなものが無くてもボクの全部はもう君にあげたのに)と鍾離の執着を愛おしく思った。
「今回のご旅行はお二人にとって特別なもののようですね」
「え? なんで?」
「新婚旅行なんだろ?」
突然かけられたディルックの声に、何故そんな風に思うのかと首を傾げるウェンティ。すると答えはディルックではなくガイアから返され、テイワット一周とか洒落込むんだろ? と質問が返された。
唐突過ぎる質問にウェンティは目を瞬かせ、鍾離を見る。そのつもりだったの? と尋ねるように。しかし鍾離も驚いた顔をしていて、彼もまた何故この義兄弟がそんな話題を振ってくるのか分からず困惑しているようだった。
「あれ? 違うのか?」
「違うよ。ただ単純に久しぶりにモンドのお酒を呑みたいから帰って来ただけだよ」
驚くウェンティ達の顔を見てどうやら勘違いだと気づいたのだろう。ガイアは気まずそうに自分の思い違いなのかと確認してきた。
苦笑交じりにそれを肯定してやれば、「マジか……」と絶句するガイア。そして隣でこれまた驚いた表情を見せるディルックを睨むと、
「おい、全然違うじゃねーか。何が風神と岩神が新婚旅行に来ただ。おかげでめちゃくちゃ余計な事聞いちまったぞ」
と責める言葉を口にした。どうやら裏でディルックにそのようなことを聞かされていたようだ。義弟からの非難の声に、ディルックは驚いた表情のまま「すまない」と自身の勘違いを詫びた。長年恋仲にある七神が揃って片方の故郷を訪れたためてっきりそうだと思い込んでいた。そう弁解するディルックは、ガイアから確定していないことを安易に口にするなと注意を受けている。
「こういうのは結構デリケートな問題なんだぞ。本人たちが言ってこない限り憶測するのはタブーだって覚えておけよ」
「そうだな。つい気持ちが先走ってしまったよ」
「ったく。モンド一の貴公子が聞いて呆れるぜ」
がくりと肩を落とすガイアは気持ちを切り替えたのか顔を上げると同時に「悪かった」と頭を下げてきた。
二人のやり取りを傍観していたウェンティと鍾離はそれになんと反応を返すべきか分からず黙り込んでしまう。
「……ほらみろ、二人とも固まってるじゃねぇーか」
「だから悪かったと言っているだろう? 反省しているからあまり責めないでくれ」
どうするんだと義兄を責めるガイア。義弟に責められたディルックは反論の仕様がないのか、自分の失態に頭を抱えていた。
「えっと……、ちょっと驚いたけど、ボク達は大丈夫だよ。気にしないで」
目の前で繰り広げられる一方的な兄弟喧嘩のようなやり取りにウェンティが漸く反応を返す。
二人はその声に喧嘩を中断し、揃って自分達の先走った発言を詫びるように頭を下げてきた。
「オーナー、お話し中すみません。ちょっと確認していただきたいことがあるんですが」
「助けてくださいサブオーナー! あっちで喧嘩が始まっちゃって僕じゃ止められないです!」
なんとも気まずい空気が流れてしまい、どうしたものかと思っていた矢先に救いの声が。
ディルックとガイアを呼ぶ他の店員の声に、ウェンティは「お仕事頑張って」と手を振って二人を送り出す。
二人は申し訳ないようなでもちょっとほっとしたような顔で一礼し、それぞれ自分を呼ぶ店員の方へと歩いて行った。