鍾離は決して酒が呑めないわけではない。しかし、いつも友人達と言葉を交わしながら嗜む程度にしか呑むことは無かった。
そんな彼に、もっと呑めるでしょ! と絡んだことは1度や2度じゃない。その度に嫌悪感丸出しであしらわれ、酷いときは鉄拳制裁を喰らっていたウェンティ。
他の面々とは楽しそうに吞んでいるのに、どうして自分だけ……。
そんなことを思いながら、嫌われていると分かっていたから不満は一度も口に出さなかった。
それでも自分は好きだからどうしようもないと懲りずに彼にちょっかいをかけ続けて早数千年。漸くその努力が報われたと喜んだのは数時間前の事。
嫌っている相手のために晩酌をしないだろう男が数えきれない程の酒を用意するだろうか?
その問いかけの答えは、否。好意を抱いている相手ならまだしも、忌み嫌っている相手の好物を用意して訪問を待つことなどするはずがない。
つまり、自分は鍾離に嫌われてはいないかもしれない。
そんな期待をどうにも抑えきれず、上機嫌に自分のために用意された酒を呑んで次々と酒瓶を空に行ったウェンティは、テーブル向かいで話に耳を傾けてくれる男に沢山話をした。まるで言葉を覚えたての子どものように。
鍾離はそんなウェンティの声にちゃんと相槌を返し、時折笑みを零したりもしていた。
ずっと憧れていたひと時に、気を抜けば涙ぐみそうだった。
持ち前のポーカーフェイスが怪しくなってきたのは、酒を呑み始めてどれぐらい経った頃だろうか。天上に届く程大きく立派な食器棚にびっしり詰められていた酒瓶が半分以下にまで減っていたからかなりの時間が経過していると思われる。
ウェンティは、この話を終えたら帰らなくちゃ。と内心思いながら、ついこの間大魔女の一人が可愛い愛娘のために旅人達を巻き込んだ『プレゼント』のためにお芝居に加担した話を鍾離に語っていた。
自分の話に驚いたり笑ったりしてくれる彼ともっと一緒に居たいと願ってしまうのは、当然だ。
しかし、これ此処に居ては以上は危険だ。
己の許容量を超えるか超えないかの酒量のせいで、身体がふわふわと宙に浮きそうなほど力のコントロールが儘ならない。おまけに思考も理性的ではなくなっていて、感情が表に出そうになっている。
このままでは、友人との酒を楽しむ彼の時間を壊してしまいかねない。
出会った頃から積もりに積もったこの想いを留めておけるうちに、この夢のようなひと時から抜け出さなくては。
そう思いながらも、『この話が終わらなければいいのに』と考えてしまっている自分からは目を逸らして喋り続けるウェンティ。
楽しい時間はあっという間とはよく言ったもので、やがて物語は終わりを迎える。
「なるほど。アリス殿が気に掛けていたのは自身の娘だけでなかったという事か」
「そ。クレーを気に掛けてくれるみんなへの感謝を込めて贈り物をしたいなんて言われたら、断れないでしょ?」
「ああ。そうだな。……それで、お前の芝居は誰にも見抜かれなかったのか?」
「勿論! って言いたいところだけど、旅人にはバレてるかも。あと、ディルックにも」
下手な芝居を……。なんて思われて無ければいいけど。
そう苦笑を漏らすウェンティ。鍾離は「お前程演じることに秀でた者はいないだろう?」と笑いながら猪口を傾けた。
それはウェンティを認める言葉で、思わず言葉が喉奥で詰まってしまった。
優しい笑みを浮かべて酒を嗜む彼は、表情こそ変わらないが実は酩酊状態なのかもしれない。
そんな風に考えなければ説明がつかない目の前の状況に、込み上がってくるのは限度を超えた喜びだった。