TREMOLO [ANNEX]

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君の知らない物語

15



 目を開けたウェンティは、自身が真っ暗な空間に居ることを知る。
 其処は上も下も左右さえも分からない場所であるにもかかわらず、不思議と恐怖を感じなかった。
(夢の世界、だよね)
 自分が生きる世界とかけ離れた空間のおかげで、直ぐにそこが現実ではないと理解できる。
 ウェンティは自分が立っているような感覚を覚え、膝を折ってその場にぺたんと座り込む。
 境界が分からない黒く塗り潰された空間で『座る』なんて変な感じだと思いながら周囲を確認するように首を回しても、確認できるのは黒一色。
 何故こんな夢を見ているのかと自分の内面を心配するウェンティ。
 だが、直前に何があったのかと記憶を辿ると、こんな夢を見てしまうのも納得だと苦笑が漏れた。
(うん。絶望っていったらやっぱり『黒』だよね)
 理解できたと笑うも、それは直ぐに自嘲に変わり、やがて眉が下がって唇を噛みしめてしまっていた。
 夢を見る直前―――眠る前、自分は長年恋焦がれた相手と酒を呑み交わしていた。
 嫌われていると思い込んでいた自分の予想を裏切るような言動を繰り返す彼に、随分振り回されたものだ。
 もしかしたら……。そんな淡い期待を抱いては、無慈悲にも砕かれる想い。
 それを何度か繰り返して、それでも彼を嫌いになれずに傍に居たいと願ったウェンティは、己の限界を超えた酒量に平静でいることが難しくなった。
 確かあの後急いで彼のもとから立ち去ったはず。
 そう記憶を手繰り寄せるも、覚えているのは彼に腕を掴まれたところまで。それから先は、どんなに頑張っても思い出せなかった。
 昔、七神が顔をそろえた酒の席でウェンティはとんでもない失態を犯した。
 隣に座った鍾離――モラクスの存在に緊張し過ぎたウェンティーーバルバトスは、平静を保つためと酒を煽りに煽って酩酊状態になった挙句、介抱してくれたモラクスの頭に酒を丸々一本浴びせてしまったのだ。
 当時の記憶はまるで無いが、あれ以降、モラクスの態度は目に見えて冷たくなった。その後も失態を重ねるたびに彼の中での評価は下降の一途を辿ったのだろう。ついには顔を合わせるだけで顰め面が返ってくるようになってしまったのだから。
 緊張して自分らしく振る舞えないからと酒の力に頼ったことは確かにウェンティが悪い。だが、それでもウェンティにだってそうせざるを得なかったんだと言い分があった。
(好きな相手の隣で冷静でいられるわけないじゃない! だいたい、なんでいっつもボクの隣に座るのさ? ボクのことが嫌いなら、離れて座ってくれれば良かったのに!!)
 邪険に扱うくせに、何故か隣に座っていた男に文句を垂れるウェンティ。好きな相手を前に普段通り振舞えるほど自分は色恋に慣れてはいないんだから! と。
 モラクスは、ウェンティが初めて好きになった相手。そして、何度も何度も恋に落ちた相手だ。
 諦めようとしても、忘れようとしても、諦められなかった。忘れられなかった。
 その度に彼が好きだと再確認してきたのだから、ある意味色恋に慣れていると言えなくもないのでは? そんな事を考えるウェンティは、背中を倒し、黒の中で仰向けになる。
 見上げる先も広がるのは漆黒だけで、自分の心は随分傷付いているようだと哀れにも愛おしく思えて、ちょっと泣きそうになってしまう。
(頼むから、またとんでもない事して嫌われるとか勘弁してよ?)
 酩酊状態に陥った自分が何をしでかすかなど、分かるわけがない。
 だからこそ、酔い潰れて眠っているだろう自分に欠片程度だが期待するのだ。今回はどうか穏便に彼と別れられていますように。と。



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2023-12-26 公開



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