「何を笑っている」
ウェンティが身に余る幸せを噛みしめていれば、かけられる声。しまったと思うのは、目の前に鍾離がいることを忘れて喜びにやけていたからだ。
きっと迷惑をかけて呑気に笑っている自分に呆れているに違いないと彼に意識を戻せば、瞳に映るのは思っていたモノではなくて思考が停止してしまった。
「まったく。お前には振り回されてばかりだ」
(え? え?? ぼ、ボク、まだ寝てるの??)
呆れ顔の鍾離は何処へやら。苦笑いを浮かべる彼の表情に滲むのは、今までの嫌悪とは全く異なる感情だった。
それは、そう……、言うなれば慈しみにも似た……。
鍾離が見せる表情の理由が分からないウェンティは、硬直する。夢を見ていると思いたかったが、意識はむしろどんどん鮮明になっていたから。
「しかし、まぁ今はそう悪くない気分だ」
目尻を下げた笑みは、苦笑とはまた違う。優しさに満ちた笑顔に釘付けになっていればそれはどんどん近付いて来て、慌てるよりも先に唇が重なってしまった。
「!?」
一体今、何が起こっているのだろうか?
近くなった鍾離の顔に、ウェンティは反射的に呼吸を止め目を瞑ったのだが、口づけを受け入れるためでは勿論なかった。ただ大好きな彼のドアップに心臓が耐え切れなくなって反射的に取った行動なのだが、傍から見れば口づけを強請った仕草だったのかもしれない。
だが、仮に強請っているように見えたからと言って、何故鍾離はそれに応じたのだろう?
ウェンティの知る鍾離なら、口づけではなく額へ一撃喰らわせてきても可笑しくない。
鍾離の行動が理解できないウェンティは、氷漬けにされたかのように微動だにせず彼からの口づけを受け入れた。
唇に触れていたぬくもりが離れたのは、どれぐらい時間が経過した頃だろうか。体感的には気が遠くなる程長い時間のように思えたが、ほんの刹那にも思えるから混乱は余計に酷くなった。
ゆっくりと瞼を持ち上げれば満足気に笑う鍾離が目の前にいて、今のは何かと尋ねようと唇を開くウェンティ。
だが、言葉は何一つ零れることは無かった。声を発するよりも先に、また唇を塞がれたからだ。
「! んっ」
にゅるりと口の中に侵入してくる熱に、身体は驚き反射的に震える。だが、覆い被さるように圧し掛かっている鍾離の体躯によってそれすらも抑え込まれて、ただ与えられる口づけを享受することしかできなかった。
口内で暴れ回る肉厚な何か。それが鍾離の舌だと気付くまでにはかなり時間を有してしまった。
しかしそれは仕方のないことだろう。ウェンティにとって、何もかもが初めての体験なのだから。
口の中を隅々まで蹂躙する鍾離の舌は、気が付けば自身の舌に絡まり弄ばれる。
呼吸すらも奪う荒々しい口づけに、徐々に息苦しさが増して苦しくなってきた。
苦しいと訴えるように弱々しく握った拳で彼の胸を叩けば、数回目にして解放される唇。
途端、肺に流れ込んでくる大量の酸素に肩を大きく上下させ荒い呼吸を繰り返していれば、息を止めていたのかと驚いたような声がかけられた。
目を丸くしている鍾離の姿はまるで『口づけの仕方を知らないのか?』と言わんばかり。
知るわけないだろうと反論したかったが、それにはまずはこの乱れた呼吸を整えなくては碌に喋れそうにもなかった。