「初心な反応だな。経験がないわけでもあるまい」
「あ、るわけないでしょ……君を、基準に考えないでよね」
漸く整ってきた呼吸。だが、驚いたような、呆れたような声につい本音で反論してしまうウェンティは、酸欠のせいでまだ本調子とはいかないようだ。
こんなキスは知らないと涙目になって悪友を睨めば、目を丸くして自分を見下ろす鍾離と目が合った。
(あ、しまった。間違えた)
何故そう思ったのかは分からないが、本能的に自分の返答が『誤り』だと思ったウェンティ。
要らぬ暴露をしてしまったと思わずこの場から逃げようと身を捩ったのだが、伸びてきた手に肩を抑え込まれ、叶わなかった。
指が食い込む程強く掴まれれば、流石に痛い。
しかし、非難の声を挙げようと口を開いたところをまた唇で塞がれ、責める言葉ごと全部食べられてしまった。
「んっ、んんん、っ、……、」
鍾離の舌は再び口内で暴れ回り、隅々まで舐め回されてしまう。
ウェンティは鍾離の行動が理解できず、『何故』と頭の中で何度も何度も問いかける。
勿論返事は無かったが、それでも口づけに少し慣れてくると彼の奇行の原因がなんとなく分かった気がした。
(お酒の味がする)
初めてのキスは熟れる直前の果実のように甘酸っぱいんだと喋っていた女の子達の言葉を信じていたわけではないが、なんとなく、それを期待していたのかもしれない。
だが今自分が交わしているキスは甘酸っぱいどころかアルコールの風味で一杯で、頭がぼーっとしてしまうのはきっとそのせいだ。
理由も分からない口づけに鍾離を押し返そうとしていたウェンティの手が止まるのは、彼が酔っていると知ったからだ。
(酩酊状態でも普段と変わらないなんて、流石モラクスだよね)
酔っぱらっていて前後不覚の状態に陥っていても他者に隙を見せないなんて、流石のウェンティにも不可能だ。
それを事も無げに成し遂げてしまうなんて、6000年もの永きを生き抜いた最古の魔神の名は伊達じゃないということか。
自分を嫌っているはずなのにこんな情熱的なキスをしてくるなんて、かなりの酩酊状態に違いない。
素面に戻った彼に今の状況を伝えれば、嘘を吐くなと殴られるに決まっているだろう。
その光景が容易に想像できて可笑しくなるウェンティ。同時に苦しくなる心からは顔を背け、起きたら揶揄ってやろうと悪戯を心に決めた。
そうでもしなければ―――、彼との口づけから意識を逸らせなければ、自分はきっと悲惨な事になる気がしたから。
(本当はダメだけど、仕掛けたのはモラクスなんだから、いいよね……?)
相手は酩酊状態の酔っ払い。良識がある者なら、今此処で彼を止める行動をとるだろう。ウェンティも、本来ならばそうしたはずだ。
だが、感じるぬくもりが、心の奥底に沈めたはずの恋心が、『良識』を凌駕した。
何度も何度も口付けては口内を愛撫してくる鍾離。
ウェンティは彼を押し退けようとしていた手を彼の背に回し、抱きついた。
(ごめんね、モラクス。……でも、でもボクは本当に君のことが――――)
狡い自分を許して欲しい。
一度だけでいいから君に愛されたいと願うボクを、お願いだから、どうか……。